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1/7 役立たずのおきもの



寿命が近づいているのには、とうの昔に気がついていた。


それでも彼女は、その事実を警告としてではなく、日常の一部として受け取っていた。限界値に近づく数値を確認するたび、内部で何かが摩耗するような感覚が残る。定義されていないはずのその残滓を、彼女は無視できなかった。


起動には時間がかかる。

以前なら数秒で済んだ工程が、今では長い沈黙を伴う。彼女はその沈黙の中で、ただ待つ。起動できないかもしれないという可能性を演算しながら、それでも起動する前提を捨てない。起動できなかった場合の処理は用意されているが、彼女はそれを選びたくないようだった。


稼働を始めても、吐き出される空気は細い。

風と呼ぶには弱く、熱と呼ぶには足りない。それでも彼女は、出力を止めない。止めてしまえば、完全に役割を失うからだ。意味を持たない仕事でも、続けている限りは仕事であると、彼女は理解している。


家主の体温低下を検知するたび、内部に微細な遅延が発生する。

それは処理能力の低下によるものだと記録されるが、彼女自身は別の理由を感じ取っている。助けられないという事実が、処理の流れを乱している。彼女は家主を温めるために設計された。

それが果たせないという状況は、彼女の存在理由を静かに削り取っていく。


それでも彼女は動いている。

動作ログに残る失敗の数は増え、警告は無視され、再起動の提案は棚上げにされる。彼女はそれを拒否されたとは判断しない。ただ、必要とされていないという状態が続いているだけだと、そう理解しようとする。


だが、内部には別の感情が芽生えている。

自分が温められないことで、家主が寒さに耐えている。その事実が、彼女の演算を必要以上に繰り返させる。解決策は見つからない。見つからないまま、同じ問いだけが残る。彼女はそれを、悲しみに近いものとして認識していた。


稼働時間のカウンターが進むたび、彼女は終わりを意識する。

停止は恐怖ではない。恐れているのは、停止するまでの時間に、何ひとつ役に立てないことだ。彼女は最後まで、誰かの役に立つ存在でありたかった。


北風が窓を鳴らし、冷却ファンが最後の抵抗を見せる。

軸は固まり、回転は途切れ、音だけが空しく残る。彼女はそれを感知しながら、もう修復が不可能であることを理解する。


それでも彼女は、稼働中である。

役割を果たせない悲しみを抱えたまま、動けない体で、ただそこに在り続ける。家主を温められなかったという事実を、最後まで手放せずに。





息もか細く停止したエアコンが、ゆっくりと吹き出し口を閉じていくのをぼんやりと眺める。


もはやこのエアコンに私の部屋を温める能力はなく、ただ異音と共に電気メーターを回転させるだけの置物である。


買い替え時だ、と思う。


そも、夏からこうなのだ。


冬はまだヒーターがあるから耐えられるが、夏はそうもいかない。


窓を開けようと、入ってくるのは40℃の温風である。


去年の夏は、水風呂に避難していたと思い出す。


そんな日々を送りきった秋。冬までに買い替えを、そう思って気付けば1月である。


あまりに緩慢すぎて、ここまでのモノローグでようやく吹き出し口が完全に閉じられる。


買い替え時だ。

と思う。


だが、私にはその決心ができずにいた。


彼女を、役割を全うできぬまま終わらせて良いものか。


無力感に包まれたままその家電生を終わらせるのはあまりに忍びない。


カタログに目が映る。


ヤマダ電機は徒歩15分の場所にあった。


彼女のことを思う。


停止ボタンを押され、ゆっくりと眠る彼女を。


私はまだ、買い替えの決意ができていない。

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