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1/6 空白の1/6

1日飛んでいる。

若しくは、存在しない昨日がある。


あるはずのなかったその時間と時間の繋ぎ目は、一見して強固で完全なものに見えながら、うっすらとした綻びを現世に一欠片残してしまったのだ。


世界五分前仮説というものがある。


この世界にある物質、状態はすべて5分前に作られたものであり、5分以前にはこの世界はなかったというものである。


過去の記憶、今この瞬間まで生きてきた感覚は最初から用意されていたものであり、本当に過去が存在していたことは証明ができないというものである。


普通にあり得ない話ではあるものの、それが絶対違うとは証明できない悪魔の証明に類するものである。


それと似た話だが、私は今朝新たな理論を発見した。


今日と昨日の間に、1日が存在していた可能性がある。


気づきは唐突であった。


大学に向かう、急勾配な下り坂の終点。


さほど活発でない十字路を渡り切った先にある、やや開けた公民館横の小さな畑。


そこに降り積もった、僅かな雪。


その姿を見せてから5時間弱、すでに天頂に手がかかった太陽に当てられ続けていたであろうそれはすでに表面がだいぶ溶けかかっており、網模様の氷板と化していたが、それは確かに雪であった。


私は最初、それなりに対して特に何も思わなかった。


たかが雪である。


北の方では今頃雪の被害が深刻なのだろうが、私の住む地域では雪は年に数度、それも1ミリか2ミリ振る程度で、さして気をつけるような事でもない。


畑の表面に薄くかかった氷の膜に対し、若干の珍しさこそ感じたものの、特に足を止めるでもなくそのまま素通りした。


しかし、問題はその後である。


畑を通り過ぎて2分ほど歩いた先、キャンパス前を流れる川を通す橋の下一面に雪の層ができている。


そこからさらにキャンパスに向かえば、中庭に残る多くの雪の跡と、おそらく雪だるまを作ろうとしたのであろう直径1mほどの雪の塊が残っている。


違和感は連続して確かな疑問へと昇華される。


いくらなんでも雪が残り過ぎている。


橋の下に残った雪、そして作られた雪だるまの氷の割合からして、昨日の雪は少なくとも1cm以上は積もっている。


これだけなら特に問題はないが、私の意識に引っかかるのは、昨日は確かに晴れていたという事だ。


晴れていた。


間違いなく、晴れていた。


事実、自宅を出てからキャンパスに着くまでの40分間のうち、雪の痕跡が残っていたのはキャンパスから畑までの500m程度の空間のみである。


この地域で、その空間だけ局所的に大雪になることなどあるだろうか。


あり得ないだろう。


そこで私が考えついたのが、一つの仮説である。


人々が1/5と呼ぶ一昨日と、人々が1/6と呼ぶ今日の間に、認識されていない昨日が存在している。


おそらく昨日、東京には大雪が降ったのだ。


私の大学がある地域ですら1cm近くの降雪だ。都心ではとてつもない降雪量だったはずである。


結果として、あらゆる交通機関は麻痺、道路では人も車も皆一様にツルツル滑りまくり、そして東京都庁にあったとある機械までもが寒さの中で故障したのだ。


名は、時空間証明装置。


5分前に世界が存在したことを確かに証明する現実鋲である。


これが現実を証明し続けることにより、世界は確かな形を保ち続ける。


世界を証明し続ける装置の停止は、それ即ち世界の存在が不確かとなることを意味する。


昨日一日中振り続けた雪は、世界を極めて曖昧にし、その存在すら不明瞭にさせたのだ。


おそらくは阿鼻叫喚であった事が想像される。


世界の存在があやふやなのだ。物理法則や因果は混線し、電気ポットからは過冷却水が、ビニール袋は鉄に変わり、綾鷹濃い緑茶は伊藤園濃い茶に、ペプシコーラはコカコーラに置き換わっていたはずである。


その日のうちに証明装置は復旧したが、世界には混乱の渦が未だ残っていた。


何せ、ペプシがコカコーラになっていたのである。


わかる人からすれば世界がひっくり返ったかのような騒乱であった事は想像に難くない。


故に、日本政府はこう決議した。


「今日、1/6を“なかったこと”とする。」


かくして、昨日、本来の1/6は痕跡を含め全ての人間の記憶から消失した。


元々曖昧な状態だったのだ。

記憶から消し去るのも簡単だったろう。


全ての人間の記憶から1/6が消し去られたことにより、本来の1/7が1/6に上書きされた。


しかし、私のキャンパス周辺の痕跡だけは消す事ができなかった。


おそらくはあの雪だるまだろう。

あの雪だるまの存在値が高すぎたために、半径500mほどの範囲の“昨日の痕跡”を消すことができなかったのだ。


壮大な計画だ。


強固で堅牢な1/5と1/7を繋げる空白の1/6は、しかし僅かな痕跡という名の綻びによって露呈する。


全ての人間が記憶を消されたことに気づくことができない中で、常にアンテナを張っていた人間だけがその隙間を除く事ができる。


笑うものは多いだろう。


だが発見とは未知を誰よりも先に既知とした人間だけが得られるものなのだ。


不確かな現実の証明を、論理的に疑う事が、証明の悪魔への唯一の対抗策なのだから。

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