9/6 サプライズ・ニンジャ
「おそらく邪教ですね。」
「はぁ……」
隣の中年が肩を叩いて私に囁く。
酔っているのだ。
そう判断するのに必要な情報は一目の中に全て揃っていた。
「ほら、あちらのお嬢さん。裏拍手でしょう。」
酒臭い息を避けつつ、中年が指し示す方を向く。
見れば、焼き鳥の前で手を合わせる女性の手は裏を向いていた。
「見たところシスターだ。太陽信仰でしょう。」
女性は白いヴェールと黒い修道服に身を包み、首からは太陽のマークが象られたペンダントが降りている。
「太陽はいけませんよねぇ。」
「まぁ、信仰の自由とは思いますが。」
会話などする必要もない。
だが、どうせ共に明日には全て忘れている身だ。
適当に相槌を打った。
「信仰とはなんだと思いますか。」
「はい?」
「信仰です。」
「宗教勧誘ですか?」
「いえ、アンケートのようなものです。」
中年は大根を箸で突きつつ、なんでもないかのように続けた。
「信仰を心の拠り所と解釈するのであれば、つまりは倫理そのものが教義であると。」
「一般にはそうでしょう。」
「倫理とは自我です。それを宗教に委ねるのであれば、信仰とは巨大な集合意識なわけです。」
では、と中年は一息ついた。
「超巨の集合意識を知性に例えるとしましょう。
多くの演算回路は知能を上げるに最適です。しかし、知性は如何でしょうか。知性とは、主に関連付けの能力です。纏める能力です。つまりは、『リーダー経験はありますか?』に滝汗をかきながら『夏季合同練習中に代理主将をやっておりました』と言うのは逆効果と言うわけです。」
「はぁ?」
「時に、思うのです。いつも決まった時間に決まった場所から現れ、我らの手の届かぬ空に揺るがず常に君臨し続ける太陽を崇めずにいられたのだろうか、と。」
「…。」
「人の上に人はつくられず、或るのは唯天頂に坐す天照大神、我らの意図も意思も通じず、熱と光のみを施す唯一神、嘸かし月に陰ったあの日は恐ろしい物だったでしょう、絶対が揺らぐ感覚、それは新たなる宗教が生まれる程だった。」
「…。」
「サプライズ・ニンジャ教団、今や全ての太陽を邪と見るあの教団の倫理は、正義と言えるのでしょうか。」
「…話はわかりました。」
中年の言葉を全て聞いた私は、懐から黒装束を取り出し、両のポケットに忍ばせていたクナイを突きつけた!
「邪教の巣窟がここらあたりにあることは知っていたでござる。ようやく見つけたでござる。」
ニンジャに変身した私を前にしても、邪教の中年は怯えることなく私に目を向けた。
「影に隠れるものに、導き手たる我らの光を突き進めるものか。光より出る副事物ごときに我らの正義を止められるものか。」
中年は両の手を頭の前に構えた。
禿げ上がった頭が照明に反射した。
「太陽拳!!!」
「くっ!?」
光
太陽が爆発したのかと錯覚するほどの光量。
装束も瞼も貫通する白が、現状認識をあやふやにさせる。
鋭感
並行が前後する。
背筋の痛みと共に、私の頬は地面を擦っていた。
「死ね!ソーラービーム!」
右腕が跳ねた。
地面を砕く感覚。
同時に体が浮き上がり、私の体は横回転しながら宙を舞った。
空で目を慣らし、平衡感覚を取り戻す。
脚を広げて軸をずらし、カウンターの上に着地する。
復活した視界で周囲を見渡せば、居酒屋にいた全ての客が立ち上がり、一様に私を見据えていた。
中年の手は赤熱し、頬に火を感じると、私が先ほどまで立っていた場所が赫く燃えていた。
「並の邪教じゃないようでござるな……。」
中年は手を下ろし、薄笑った。
「信仰が並で務まるでしょうか。言ったでしょう。太陽とは、揺るぎない。」
部屋が光り輝いた。
……
「…ぁ」
地面に倒れ伏す邪教共を踏みつける。
「信仰とは、願いでござる。願いとは、支えでござる。そして支えとは、ニンジャでござる。信仰そのものたるニンジャに、邪教が勝てる筈もないでござる。」
太陽のペンダントを握りつぶし、居酒屋を出る。
黒装束を脱ぎ、クナイを懐にしまう。
ニンジャの心は、夜の明るさすら装束として身に纏ってしまう。
周囲に溶け込むようにして、私は集団に消え去った。
後には何も残らない。
ニンジャの夜はまだ続くでござる。




