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8/5 テセウスの
長らくSteamを開いていない。
Steamを開いていないということはつまり、長らくゲームをしていないということである。
長らくゲームをしていないということはつまり、「私」ではないということである。
しかしまぁ私がゲームをしていたのは夏休み前の終活圧も勉強圧も休憩圧も何もかもが下火だった時代なことを考えれば、順当な結末ではあったのだが、しかしゲームとは私のアイデンティティの一部である。
私が私たる根幹が揺らぎつつある。
自身の足元が崩れつつある感覚。
ふと、最近の環境を振り返る。
・ゲーム
していない。
私ではない。
・遅寝遅起き
している。
ただ最近外が涼しいので夜型も解消されつつある。
大体私である
・睡眠
している。
日に10時間は寝ている。
私である。
・昼寝
している。
私である。
・不摂生
している。
私である。
・間食
していない。
私ではない。
・掃除
している。
私ではない。
・洗濯
している。
私ではない。
最近の私は約50%以上が私ではない要素によって構成されている。
つまり、今の私は過去の私のような愚鈍人より、部屋を清潔に保ち、健康に日々を過ごそうとする勤勉人と呼ばれる種族に近しくなっている。
これは致命的な状態である。
肉体は同じであるのに中身が違っている。
逆テセウスの船。
私のアイデンティティの著しい損失に絶望した。




