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1/21 トロピカルワープ

時たま妄想することがある。


それはベッドの上で、風呂の中で、ゲームをしている最中に。


今、この姿のまま外に放り出されたらヤベェな…と。


物理エンジンゲームをやっていると常々思うのだ。


これほどの莫大な計算量がある現実世界において、バグが発生しないわけがない。


どこかしらで演算やら位相のズレが発生してるはずである。


で、まぁそのバグに巻き込まれて、この着の身着のまま外にテレポートさせられる想像を偶にするのだ。


なぜこの話をしたのかと言うと、私は今朝ついに邂逅したからである。


おそらくこのテレポートバグの被害者に。


彼は、50代くらいの中年男性だった。


身長は170cmくらい、東京の寒空の中、寂しい頭頂部を気にすることなく堂々と歩いていた。


上半身は黒いジャンパーに身を包み、下半身はあろうことか太ももほどまでしかない薄手のトロピカルな半ズボン、足にはサンダルを履いていた。


目を疑った。


今日の気温は3℃。体感気温はマイナスに到達していたはずである。


確かに上半身と比べれば下半身のほうが皮も厚く、寒さに強いがにしたってその対応の違いはいかがなものか。


私は驚き、少し考えて合点が行った。


この中年、テレポートバグの被害者か。


おそらくはバカンス中だったのだろう。


場所はどこか、無難にハワイとかだろうか。


彼は家族で、ハワイのビーチに遊びに来ていた。


青い空、広い海。


すべての彩度が日本より2、3度強い南国の海岸、風は心地よく、人々が騒ぐ声が聞こえる。


息子と娘を妻に任せ、自身は荷物番。


とはいえ、デッキチェアに寝転がりながら嗜むカクテルもまた良いものだ。


時刻は15時。


太陽が一番気持ちいい時間だ。


アルコールの周りも相まって開放的な気分になる。


デッキチェアに再度もたれかかり。


そして彼は日本の自宅に居た。


気温は3℃。

家の中といえど、数日間家主を持たなかった家の中は凍りつきように冷えている。


水着に耐えられる寒さではなかった。


混乱する現状認識のまま、とりあえずクローゼットを漁る。


ずらりと並ぶコート。


しかし、普段着はない。


心配性の妻だ。

おそらくハワイでは使わないであろう日本での普段着もスーツケースに入れて持って行ってしまった。


仕方なく、一番近くのコートを羽織る。


熱が戻ってくる。


コートにくるまり、彼は頭の中を整理しようとする。


何かがおかしい。


何かがおかしいが、何がおかしいのかわかっていない。


いや、わかっている。


ここは日本だ。


それも自宅で、でも自身は先ほどまでハワイに居た。


1年前から計画していた旅行だ。


日付も、なんとかとったホテルの滞在期間内だった。


訳がわからない。


訳がわからないなりに、家を出る。


鍵がないので閉められないが、またすぐ戻るだろう。


通りに出る。


駅までの道。


自身が毎朝通っていた道。


変わらぬ日常と、現実がそこにあった。


連絡は、つけられない。


スマホもホテルにあった。


金もない。


家に取りに行く他ないか。


なんの気無しに歩く。


下半身の水着とビーチサンダルは、まだ非日常を引きずっていた。



そう言うことだったのだ。


駅への道の途中、路地で曲がってそのまま見えなくなって中年男性のことを思う。


哀れな。


旅行中、突如消えた夫を探して妻はホテルに戻るだろう。


しかし、そこに帰った様子もなければ、連絡もない。


手がかりは、デッキチェアに残されたトロピカルカクテルだけ。


「誘拐」の二文字が頭に過ぎる。


とりあえずは、妻を安心させるため連絡をまずとってほしいと、思う。

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