1/19 ツルカバー
熱は治りました。
メガネのツルのカバーを紛失した。
右のツルカバーである。
半年前にAmazonで購入した、瓶底の如き厚さの、1000円メガネ。
色は黒で、フレームは大体プラスチック。
落としても踏んづけても、まぁ1000円だし。という理由でなんの気兼ねもなく雑に使用してきた、愛用のメガネであった。
その使用過程は果たして愛か?という疑問を投げかけられそうだが、対人においても丁寧な扱いより雑な弄りがあったほうが関係値の深さを感じるので、これも愛用と言って差し支えないだろう。
そんなマイスイートメガネの右ツルカバーがここ数日の色々で消失した。
今や私のメガネの右ツルは無様に中身の金属骨格をあらわにしている。
今こそこれまでの1000円だし。を真に遂行する時が来るかと思ったが、こうも中途半端な故障だと買い直す気にならない。
もしこれがレンズの破損であったりフレームの破断などであったら即座の買い替えを決断できたのだろうが、よりにもよってツルのカバーである。
使える。
全然使える。
そも、私は外ではコンタクトをつけているので、使用するとしたら家の中でのみである。
見た目上の問題もない。
唯一の問題は長時間つけ続けると右耳の金属が当たっている部分が少し痛くなってくるくらいだが、痛くなるほどつけることはほとんどない。
メガネ自体の機能はほとんど失っていない。
ではまぁそのまま使用すればいい。
問題はないのだ。そのツルが剥き出しのままのメガネでYouTube鑑賞でもすればいい。
だが、なんだろうか一つのしこりが胸に残っている感覚は。
このメガネに限った話ではないが、その物全体の数%程度が故障しただけで、80〜90%の能力が失われたような感覚がある。
本当に失われたわけではなく、もちろん残った部分は正確に動くし、実際の稼働率的にも失われた分しか下がっていないのに、何か「台無しになった感」がまとわりつくあの現象。
例えば、スマホの液晶カバーに残った僅かな気泡、テレビ画面に走っている一本の黒い線。
ほんの小さな問題点がやけに目につき、すべての完成度に重大なケチがつく。
完璧だったときは問題なかったすべてのことの合間合間に、その問題点が入り込む隙がうまれる。
小さなことの積み重ねは見知らぬところで降り積もっていき、不満の種を花咲かせるまでに溜まり切る。
「どうした?急に別れ話なんて。」
「ごめんね。でも、決めたことなの。」
「俺の何が悪かったんだよ?」
「アナタ、いつもご飯を食べるとき、鼻を啜る癖があるでしょう。」
「そんなことでかよ。」
「そんなことで。よ。」
ということである。
じゃあそのメガネを捨てて新しいのを買うというのか。
…。
…まぁ買わないんですけど。




