1/16 医学の進歩
現代医学の発展を切に願っている。
時刻は日も最盛を過ぎた3時過ぎ。私はふらつく体をなんとか支え、病院に歩を進めていた。
39℃、決死の徒歩8分である。
大通りに出るたび、車が脇を通過し、その風圧に煽られて肩が揺れる。意識して踏ん張らなければ、進行方向がずれてしまいそうだった。
頭が揺れないよう、歩幅はいつもの半分ほどに抑え、足裏の感覚だけを頼りに一歩ずつ前へ出す。
視界は妙に明るく、音は遠い。呼吸は浅く、胸の奥で熱がこもる。
横を母子が通り過ぎた。子どもは一瞬こちらを見上げ、母親は全身黒ずくめで息を切らす私を、異形を見るような目で見た。
無理もない、鏡を見なくても分かる。今の私は、紛れもなき不審者である。
体が重たい、足が前に出ない。
最後の横断歩道だった。
信号の時間はまだある。
ゆっくりと歩を進める。
ああ、右折の車両だ。
当時の私としてはその時に出せる最高速で横断歩道を渡り切った。
髪は乱れ、息は切れ、眼鏡はマスクによって曇りガラスの如き不透明度だった。
なんとか渡りきり、足を止める。その瞬間、体の重さが一段増した気がした。
だが、私は薄々察していた。
自分のことは自分が一番よくわかっている。
この足取りの重さが熱に侵されているという理由だけによるものではないことを。
Googleマップの推定経路時間の2倍ほどの時間をかけてなんとか辿り着いた病院で受付を済ませ、待合室で待つ。
熱に震える体、曖昧になった脳は不快な記憶を呼び起こす。
やはり、まだあるのだろうか。
鼻のやつ。
鼻になっがい綿棒を突っ込むやつ。
あれ、痛いわ苦しいわ鼻水は出るわで、風邪の苦しみを取っ払ってくれることを加味しても病院の好印象のかなりの部分を持っていく曲者なのだ。
前回あの検査を受けたのは、初めてコロナに罹患した頃だったので、3〜4年ほど前だっただろうか。
もうないか。
流石にもうないか。
3、4年経ったのだ。
医療分野の技術発展は凄まじいものだとは聞いている。
特に感染症に関しては世界各国で研究が進められたであろうし。
きっと今の時代、鼻に棒を突っ込むという野蛮な方法ではなく、舌ベロをハイテク機械で読み取るとか、目玉をハイテク機械で読み取るとか、首元をハイテク機械で読み取るとか色々な方法が発明されているはずだ。
そんな願いを込め、看護師さんに呼ばれて診察室に移動する。
殺風景な部屋だった。
6畳くらいの部屋に、空気清浄機と二脚の椅子、壁掛けカレンダーと時計があるだけの部屋。
見渡す限り私の望むハイテク機械の気配はない。
おそらくはハンドタイプなのであろうと自分を落ち着かせ、問診に答える。
「熱は、いつ頃から?」
「水曜夜からですかね」
「その間他の病院に行ったりとかは」
「あ、ないです。」
「あ、じゃあ3日間耐えてたんだ」
「はは」
「あ、じゃあやまとりさんの周囲で流行ってる病気とかってありますか?」
「なんの病気とかはわからないんですけど、同窓会で同じ席だった人たちはみんな熱を出してますね」
「…はいわかりましたー。では、少し待っていてくださいね。」
側に携えたカルテに何やら書き込み部屋を出ていく先生。
完全に1人になり、不安が押し寄せる。
壁掛け時計の針の音がやけにうるさく聞こえる。
今だけは体の震えはおさまっていた。
そして、審判の時は案外すぐやってきた。
足音。
部屋の扉が開けられる。
「はいやまとりさん、最近インフルエンザ流行ってますからね。一応検査しましょうか。」
白衣を着、フェイスガードをつけた先生、そして左手に携えているのは、棒。
棒!!
「あ、鼻だけで良いですよー。」
棒!!!
「はい上向いてーちょっと苦しいですけど。」
棒!!!!
「はい我慢してー」
棒うううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
追記
検査の結果、めちゃくちゃインフルエンザでした。
もらった薬を飲んだら数時間で、3日続いた40℃の熱が37℃にまで下がりました。
医学の進歩ってすげぇ




