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嫌がらせを止めるのは殺意  作者: 徒然草


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中編


 夜遅く、麗羅がベッドで寝ている時に部屋のドアが静かに開いた。麗羅と優奈の部屋は鍵がついていない。優奈はスマートフォンと、麗羅から奪ったブレスレットを持って入ってきた。


 優奈はスマートフォンの明かりを頼りに真っ暗な部屋の中を静かに進んでいく。優奈の目的は麗羅に悪戯(嫌がらせ)をする事だった。麗羅の通学鞄にブレスレットを入れて、明日の朝食の席で昨日から無かったといって犯人に仕立て上げる予定だ。


 昔から何度か同じ事をやって、麗羅は両親に酷く怒られていた。常に味方になってくれる両親を利用して麗羅を陥れるのが優奈は楽しいのだ。優奈は麗羅の事が嫌いではないけど、麗羅を困らせて優越感を得たり、楽しみたいという想いが強かった。それと宿題や面倒事をやってくれる存在だから、傍にいて欲しかった。


 優奈がお願いをしたのに逆らおうとするから罰を与える事にした。これで麗羅は両親に責められて、A大学の入学を反対して貰うのだ。“優奈と距離を離した方が良い”だなんて言われるかもしれないが、麗羅がもう2度と悪い事をしなくなるまで妹として向き合いたい、とか言えば両親は優奈を褒め称えるだろう。それに、麗羅の希望であるA大学に入学させない事が罰を与える事にもなるのだ。


 別に大学に行くのを反対するつもりはない。ただ、家から通える範囲で探せば良いだけだ。麗羅は優奈よりも惨めに、引き立て役として傍に居てくれれば良いだけだ。


優奈が机に辿り着くと、鞄の上にノートが置いてある事に気が付いた。授業でよく使うキャンパスノートで、『叶えたいノート』と書かれていた。


 まるで小さな子供が書くようなタイトルに、優奈は内心笑った。不憫な姉がどんな事を書いたのかとても興味をそそられた。定番といえば、将来の夢の事が書かれているのだろう。でも麗羅の場合は美人になりたい、愛されたい、褒められたい…だなんて書いてあるかもしれないと考え、可哀想過ぎて泣いてしまいそうだ、と皮肉に思った。期待に胸を膨らませ、スマホの光で照らしながらノートをめくった。


 表紙の裏側、1ページ目は何も書かれていなかった。ペラリッともう1枚めくると、そこには絵が描かれていた。


 左のページには首を吊った女と、絵の下には『ロープ、椅子』と書かれており、右のページには火達磨になっている女と、絵の下には『オイル、火をつける物』と書かれていた。そして、2つの絵の女は特徴が同じで、胴体には『優奈』と書かれていた…。


「ひっ…!?」


 優奈は思わず声が漏れてしまい、慌てて麗羅を見たが、麗羅は気が付いていない様子だった。優奈はまたノートを見て、ペラリッ、と次のページをめくった。


 水中の中に手足を縛られた『優奈』がいる絵

 包丁のようなモノに刺されて血を流す『優奈』の絵


 ペラリッ…


 ビルのような建物から落ちている『優奈』の絵

 コップを手に持ち口から血を流している『優奈』の絵


 ペラリッ…


 土の中にある箱の中に『優奈』がいる絵

 頭を岩のようなモノで潰されて血を流す『優奈』の絵

 

「……っ。」


 優奈の頭の中が、手先が冷たくなっていくのを感じる。見たくないのに、ページをめくる手はか細く震えながらも止まらない。次をめくろうとすると、今までに軽い重さを感じた。そのままめくると左のページには、写真が張られていた。今よりも若い父親と母親、10歳くらいに見える姉の麗羅、そして顔がくり抜かれている優奈の写真だった。優奈の顔はカッターでくり抜かれたのか、歪な五角形のような形で無くなっている。そして写真の下には、


『私の物を奪う女』

『私を陥れる女』

『私を不幸にする女』

『この女がいるから親から褒められない』

『こんな女はいらない』


 と書かれていた。右のページには何も書かれていないが、裏面に何かが貼られているような薄い皺と厚みがあった。


「……っ、」


 優奈は恐る恐るページをめくった。そこには、赤い紙で女子トイレのマークのように円と三角形をくっつけたような人型に見える物が、頭と胴体を手で引き千切られたように少し離れて貼られていた。そして頭の部分には、先ほどくり抜かれた写真と思われる、優奈の顔が貼られていた。


 そして、右のページには真ん中に大きく太い文字で、


『 は や く し ね 』


 と、書かれていた。


「〜〜っ!!」


 優奈は悪寒と恐怖に襲われながらも、物音を立てないようにノートを閉じて元に戻した。そしてそのままスマホの光を頼りに、麗羅の部屋を出て行った。



◇◆◇


 翌朝、優奈はベッドの中で蹲っていた。今日は学校の日だがとても行く気になれなかった。それに、部屋を出て麗羅の顔を見るのが怖かった。中々起きてこない優奈を心配した母が様子を見に来たので、体調が悪いと言うと休んで良いと言ってくれた。


「…お姉ちゃん。」


 あれから優奈は、一晩中寝る事が出来なかった。頭の中で、あのノートに書かれていた絵が、写真が、文字が消えなかった。心から優奈の死を望む、殺意の数々が優奈の頭の中を蝕んでいた。


 コンコンッ


「優奈、入るわよ。」


「っ!?」


 扉のノック音と共に、今一番聞きたくなかった麗羅の声が聞こえた。


「体調が悪いって聞いたけど、大丈夫なの?」


「…ちょっと、気分悪くて。」


 部屋に入ってきた麗羅に怯えながらも、優奈は何とか答える。麗羅の表情は何時もと変わりない様子に見えたが、優奈は全く安心出来ない。


「お大事にね。それと、これは返すね。」


 麗羅は優奈に近づいて片手を差出す。昨日優奈が鞄に忍ばせようとしたブレスレットが握られていた。優奈はそれを、青白い顔で見つめた。


「今朝机を見たらこれが置いてあってね。これは、私が優奈にあげたブレスレットでしょ?」


「…え、あっ、そ、それは…!」


 ノートに気を取られて、ブレスレットの事なんて忘れてしまっていた。心臓が嫌な音を立てるのを感じつつ、麗羅を見る事しか出来ない。


「…ふっ、分かってるよ。優奈が私に嫌がらせをしようとしたんだよね? …今までと同じように。」


「…あ、…あぁ…。」


 困ったように笑う麗羅が、今までとは違う別の存在に見えた。ただただ、目の前の麗羅が優奈には怖くて仕方がなかった。


「どうしたの、優奈…あぁ、嫌がらせって言い方で傷ついたの? ごめんね、優奈にとっては()()、なんだよね? …でもね、私は悪戯をされるのが本当に好きじゃないの。だから、もうやめてくれないかな。」

  

 麗羅に怒っている様子は見られなかったが、優奈に悪寒が走った。


「っ、ご、ごめんなさいっ、もうしない。」


「え、やめてくれるの? 今までは私が嫌がっても全然やめてくれなかったのに…どうして?」

 

「あ、ご、ごめんなさい、本当に!」


 優奈が焦ったように謝罪を繰り返すと、麗羅は不思議そうな顔をした。


「…ところでさ、悪戯でブレスレットを鞄の中に入れようとしたんだよね? それなのにどうして机に置きっぱなしだったの?」


「えっ…いや、その…。」


 優奈にとって一番聞かれたくない質問だったが、このまま正直にノートを見た事を話して、謝った方が良いのではないかと思った。 


「…もしかして、何か見た?」


「っ、う、ううんっ! 何も見てないわ! く、暗くて全然見えなかったの!!」   


 だが、麗羅の様子に怯えてしまい、言う事が出来なかった。苦し紛れの言い訳しか出来なかったが、麗羅は追求しなかった。


「へぇ、そうなんだ。あ、そろそろ私は学校に行かなきゃいけないし、もう行くね…あ、でも最後に。」


 何とかやり過ごせそうな雰囲気に安堵しかけた優奈に、麗羅はにっこりと微笑んだ。麗羅の笑う顔なんて、最後に見たのは何時の事だっただろうか。


「こんなの今更なんだけどさ。私ね、優奈は私と違って何時もお父さん達から褒められるから羨ましいよ。成績の順位は優奈よりも私の方が良いのに、褒められた事なんかないもの。」


 そうよね、と優奈は心の中で思った。


「きっとさ、私は優奈みたいに可愛くて美人じゃないからだよね。性格も明るくないし、何かの才能がある訳じゃないもん。」


 バレていない筈がないのだ。鞄の上にノートがあって、ブレスレットは近くに置いてあったのだから。


「だから、優奈が宿題を押し付けてきても、私への贈り物を奪っても、私に悪戯をしても、私の進路を面白半分で邪魔をしたって仕方がないよね。私が何も悪い事をしていなくても、嫌がらせを…悪戯をされて当然だって、本当にそう思うよ。」


 穏やかな口調で放たれる、優奈への憎しみと殺意が優奈の頭の中を満たしていった。


「…それじゃあ、お大事にね。」


 麗羅が出て行った後、全身が嫌な汗で湿っているのを優奈は感じた。



 麗羅の絵は特別に上手い訳ではありませんが、誰が見ても描きたい事が伝わる程度の力量です。

ここまで読んで下さりありがとうございました!

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