第9章 龍の巣
マナツの館を後にした朝、二人は軽い荷物だけを背負い、王都へと歩き出した。街を抜けると、広大な平原が続き、遠くには王都の塔が小さく輝いている。空は青く、心地よい風が吹き抜ける――その平穏は、束の間のものに過ぎなかった。
突然、空を裂くような影が現れた。翼の膜を広げ、鋭い爪を揺らす巨大なワイバーンが、平原を滑空して二人の前に降り立つ。
平原を進む二人の前に、突然空気がざわついた。黒い影が翼を広げて地面に迫り、砂塵が舞い上がる。
「あれ、倒せると思う?」
マナが小声で問いかける。
「「無理」」
レイナは声をそろえて答えた。二人は互いに目を合わせ、自然と後退する。
「じゃあ、逃げるしかないわね」
マナが覚悟を決め、走り出す。
ワイバーンの爪が地面を掻き、衝撃波が襲う。二人は砂塵の中で視界を奪われながらも、必死に足を動かす。しかし、ワイバーンの速度は想像以上で、数回の急降下で二人を追い詰める。
「ちょっと、あんなに早く飛べるなんて!」
マナは息を切らせ、後ろを振り返る。翼を大きく広げたワイバーンが爪と牙を振るい、地面に衝撃を残した。
レイナは冷静に観察する。
「砂塵で足元が見えないけど、岩の影を使えば隙が作れるわ」
二人は岩陰を利用して急停止と方向転換を繰り返し、ワイバーンの攻撃をかわす。マナが叫ぶ。
「レイナ、下から攻めるしかない!」
レイナは腰の銃を構え、慎重に狙いをつける。
「狙うなら翼と脚だわ……当たれば動きが鈍るはず」
マナも自分の銃を取り出し、二人で交互に射撃。弾丸が空を切り、砂煙の中でワイバーンの鱗に跳ね返る音が響く。尾が地面に叩きつけられ、二人は吹き飛ばされそうになるが、必死に踏みとどまる。
ワイバーンは怒りをあらわに、尾を振り回す。二人は吹き飛ばされそうになりながらも岩陰に身を隠す。
「もう無理……!」
マナの声に焦りが混じる。
「……やむを得ないわね」
レイナの瞳が鋭く光る。二人は最終手段として、谷間に誘い込む作戦を決行。
ワイバーンの翼が狭く制限される地点まで誘導する。
通路に差し掛かったワイバーンは翼を広げられず、身動きが取れない。二人は一斉に銃を撃ち込み、脚と翼を狙う。弾丸が鱗に命中して反射音が響き、ついにワイバーンは地面に倒れ込む。
しかし、その衝撃で谷間の一部が崩れ、二人は倒れたワイバーンと共に巣の奥へと転がされる。目の前に広がる暗闇の中、巨大なドラゴンの影が浮かぶ。
「……え?」
マナが息を呑む。
「落ち着いて、私たちを狙ってはいないみたい」
レイナが低くつぶやく。
谷間の奥、暗闇の中で二人の視線が止まった。巨大なドラゴンの影が、巣の天井ぎりぎりに横たわっている。その鱗は漆黒に光り、炎のように揺れる赤い瞳が二人をじっと見据えていた。マナが小さく息を呑む。
「……どうするの、レイナ」
そのとき、背後で羽ばたきの音が響く。影がすっと現れ、ドラゴンの隣に立ったのは、翼を大きく広げたグリフォンだった。鋭い嘴と爪、筋肉質の翼、そして金色の瞳。その存在感は圧倒的で、谷全体に緊張を漂わせる。
「ここから出たいのなら、私の導きに従いなさい」
人語で静かに告げる。声は威厳に満ちており、二人の心臓が早鐘を打つ。マナが震える声で答える。
「わ、分かった……従うしかないのね」
グリフォンは翼を一度大きく広げ、巣の天井にかかる岩片を押しのける。その風圧で砂や小石が舞い上がり、二人は目を細める。グリフォンの爪が岩壁を確実に捉え、狭い通路を指し示すように一歩踏み出す。
「この道を通れ。障害は私が排除する」
マナとレイナは慎重に後をついて行く。途中、倒れたワイバーンの体が邪魔をするが、グリフォンは爪と翼で軽々と退かし、進路を確保する。そのたびに谷間に振動が走り、二人は必死に踏みとどまる。
谷間を抜け、外の光が差し込む出口が見えた瞬間、グリフォンは再び翼を広げ、力強く地面を蹴る。風圧で二人の髪が舞い、砂塵が舞う。翼の音とともに、谷間全体が響き渡る。
「対価として、何か珍しいものをよこすのだ」
グリフォンの声が響く。マナは冗談めかして手を伸ばす。
「じゃあ、私はレイナを差し出す!」
「私はマナを差し出すわ!」
レイナも返す。二人は笑いながらも、実際にはワイバーン戦で使い尽くした銃を差し出した。グリフォンは爪で銃を受け取り、うなずく。
次の瞬間、翼を大きく広げ、空高く飛び立つグリフォンの背中が見える。谷間を抜けると、平原の風が二人の顔を叩き、自由を取り戻した感覚が胸に広がった。
「……すごかったね」
マナが息を整えながらつぶやく。
「ええ、あの存在感……生で見られるなんて、滅多にないわね」
レイナも感嘆の声を漏らす。二人は深呼吸をし、再び王都へ向けて歩き出した。




