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第8章 意外な旧知

街を抜け、林を越えると、古びた館が視界に入った。石造りの壁は苔むし、屋根の尖塔が月明かりにほのかに照らされている。窓の一部からは、噂通り赤い光が漏れていた。


「……あれが館かしらね」


マナは少し息を詰め、足を止める。


「ええ。でも気を抜いちゃダメよ。吸血鬼が本当にいるなら、下手に近づけば……」


レイナは低く警戒心を声に乗せる。


館の大きな扉をノックすると、内側から静かに扉が開かれた。中には背の高い女性が立っている。月光に照らされ、長い黒髪と赤い瞳が不思議な威圧感を放つ。


「……マナ?」


その瞳は静かにマナを捉え、そして微笑んだ。


「久しぶりね」


マナは息を飲む。目の前にいるのは、かつて自分が知っていたマナツ――自分の血を分け与えたクローンにして、吸血鬼として生きている少女だった。


「マナツ……生きてたのね」


マナの声には驚きと少しの安堵が混じる。


「ええ、自由に過ごしているわ」


マナツは柔らかく微笑む。


館の中は暖炉の火が灯り、静かで落ち着いた空間だった。マナツは紅茶を用意しながら、ゆったりとした声で話す。

「この館ではね、情報収集もできるの。ここで見聞きしたことは、あなたたちの冒険にも役立つかもしれないわ」


マナは席に座りながら、少し不安げに尋ねる。


「……でも、どうして私の血を……」


マナツは優しく差し出した指先でマナの頬に触れる。


「吸血鬼としての力を抜くためよ。あなたが暴走する前に、少しだけお手伝いしてあげる」


マナは目を閉じ、小さく頷く。赤い光の中、血の交わりによって吸血衝動は静まり、体は落ち着きを取り戻した。レイナは少し離れた位置から、警戒の目を緩めずに二人を見守っている。


「……ありがとう、マナツ」


マナの声には感謝と複雑な思いが混ざる。


「ふふ、何も心配しなくていいわ。ここで少し休みなさい。外の世界でまた大変なことが待っているんだから」


館の窓の外、月光に照らされた庭には影が揺れる。二人の少女――マナとマナツ――は、少しだけ束の間の平穏を取り戻したのだった。


マナの血が落ち着きを取り戻すと、マナツは微笑みながら紅茶を置き、ゆっくりと立ち上がった。


「さて、あなたたちに伝えたいことがあるの」


マナツは館の奥の書棚に手をかけ、古びた羊皮紙を取り出す。


「これは最近の街の動向や、異界に繋がる可能性のある場所の情報よ」


レイナは興味深そうに身を乗り出す。


「どんな情報?」


「街の噂や奇怪な事件、そして吸血鬼や異常存在の目撃例。いくつかの町では、特定の建物や洞窟が異常現象の中心になっているわ」


マナは紙を受け取り、目を通す。そこには、異世界との接点がありそうな場所や、危険度、報酬の目安まで丁寧に書かれていた。


「ほう……ここが怪しいのね」


マナは指を滑らせる。


「それにしても、こんなに詳細に……」


「ええ、私は自由に暮らしているけれど、情報は集めているの。あなたたちの冒険に役立つなら、役立ててほしいわ」


レイナは紙を覗き込みながら口を尖らせる。


「ふーん、なんかワクワクするね」


「……でも、気を抜かないで。ここに書かれていることは、普通の人間には危険すぎる」


マナツは真剣な目で二人を見つめた。


「この世界では、少しの油断が命取りになる」


マナは深く頷く。


「わかった……ありがとう、マナツ。私たち、しっかり準備して進む」


レイナも頷き、小さく「うん」と返す。


マナツは満足そうに微笑み、「ふふ、じゃあここで少し休んで。夜が明けたら、次の冒険の準備を始めなさい」と告げた。


窓の外、月光に照らされた庭では影が揺れ、館の中では静かな時間が流れる。二人の少女――マナとレイナ――は、次の旅路に備え、束の間の平穏と情報の重みを胸に刻むのだった。


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