第7章 束の間のひと時
夜明け前の街。
石畳の通りには、まだ商人たちの呼び声は少なく、露店の明かりがぼんやりと灯っている。マナとレイナは小さな街角で立ち止まった。
「さて……どこから回ろうかしらね」マナは背中のバッグを調整しながら、きょろきょろと周囲を見渡す。
「まずは衣類と食糧……それから、ちょっと休憩」レイナは地図を片手に、控えめに指を指す。
「疲れてるでしょう?私も少し座りたいわ」
マナは小さく頷き、近くの小さなカフェの前に歩みを進めた。
「ええ、休憩は大事よね。……紅茶とかあるかしら」
店内に入ると、温かい空気と香ばしい匂いが二人を包む。マナはカウンターの椅子に腰かけ、軽く伸びをした。
「ふぅ……やっと座れたわね」
「……マナ、手、汚れてるわよ」レイナは優しく指摘して、マナの手をぺんと払う仕草をした。
「ありがとう……でも、まだスライムの跡があるかも」
「お菓子も頼む?」レイナは小さく笑みを浮かべながら尋ねた。
「ええ、買えるなら甘いものは外せないわね」マナも微笑む。
「……戦いの後のご褒美よね」
店員が二人分の紅茶と小さなケーキを運んでくる。マナは目を輝かせてフォークを手に取り、レイナに小さくウインクした。
「一口どうぞ、私が先に食べちゃったけど」
レイナは小さく笑い、恥ずかしそうにフォークを受け取った。
「……ありがとう。甘くておいしいわ」
マナは目を細めて頷く。
「戦いで血の味ばかりだったから、こういうのは幸せね」
二人は紅茶を飲みながら、今日の探索の話やこれからの計画を話し合った。
「冒険者ギルド、探してみる?」マナはケーキをかじりながら尋ねる。
「ええ、でも……情報収集は慎重にね」レイナはフォークを置き、真剣な表情になる。
「怪しい誘いに乗らないこと。それに、私たちの力はまだ完全じゃない」
「ふーん……そうね。慎重にね」マナは首をかしげ、くすっと笑った。
紅茶の温かさに包まれ、少女二人はしばしの休息を楽しんだ。
戦いと旅路の緊張感が少し和らぎ、街の穏やかな空気に、ほんの一瞬だけ日常が戻ったように感じられた。
***
街の広場は、スライム討伐の成功で人々が少しほっとしたような表情を浮かべていた。屋台の香ばしい匂いや、子どもたちの笑い声が入り混じる中、マナとレイナは次の情報を探して歩き回る。
「ねえ、レイナ。ここって、吸血鬼の噂とかあるのかしら?」
マナが小さく声を落として尋ねる。
「そうね……街の人に聞けば、何かしら出てくるかもしれないわ」
レイナは淡々と答え、広場の隅にいる老人に近づいた。
「最近、あの館の辺りで夜な夜な不思議な人影が出るらしいよ」
老人は杖をつきながら小声で教える。
「血を求めるって噂もある……見るからに吸血鬼って感じだね」
別の商人も話に加わる。
「夜になると、窓から赤い光が漏れてるって話だ。怖くて近づけないって人もいる」
「なんだか……面白そうじゃない」
マナは目を輝かせる。
「面白いだけで済む話じゃないわよ。吸血鬼が本当にいるとしたら、油断は禁物」
レイナは眉をひそめる。
二人は街の掲示板や噂話を手掛かりに、館の位置を確認する。石造りの古い建物が、遠くからでも夜には闇に浮かぶ影のように見えた。
「……館ね。夜にしか見えない赤い光、血を求める影……」
マナは小さく息を吐く。
「レイナさん……やっぱり行くしかないのかしら」
「ええ、情報を集めるなら直接向かうしかないわ。でも慎重にね。何が待っているか分からないんだから」
レイナは高周波ブレードを軽く握り、準備を整える。
街のざわめきが遠くなり、二人は館へと向かう道を歩き出す。風に乗って、遠くからかすかに赤い光が揺れるのが見えた。




