第5章 暗殺者の影
森を抜ける道はなかった。二人は仕方なく、夜ごと焚き火を囲み、昼は方角を頼りに歩き続ける。
何度目かの野宿の夜。湿った草の匂いに混じり、獣の唸り声が響いた。
木々の影から姿を現したのは、ねっとりと蠢く触手で頭を覆った巨体――オークのようでいて、どこか異質な怪物だった。
「来たわね……!」
マナは腰のホルスターから高周波ブレードを抜き放つ。刃が震えて甲高い音を立てた。
「私も援護する」
レイナも同じく刃を展開し、静かな声で告げる。
怪物が咆哮し、触手の束を振り下ろす。マナは横に跳び、レイナは刃で払い落とす。火花と肉片が散り、異様な臭気が弾けた。
何度も打ち合い、最後はマナが跳躍して首元へ突き刺す。振動する刃が骨ごと断ち切り、怪物は鈍い音を立てて倒れた。
「ふぅ……勝ったわね」
「当然」
二人は剣を収め、息を整えた。
「この世界も中々物騒ね」
「私達の世界だって野生動物の脅威はある。種類が違うだけ」
「いやいや、あんな名状しがたい化け物が闊歩しているこの世界と比較しないで」
だが勝利の後に残るのは疲労と、そして現実的な問題だった。
焚き火の前、二人は木の実を炙りながら話し合った。
「お金がない」
「当然ね」
「寝食を確保するのにはお金がいる」
「そうね。私も普通の身体になったから血で代用も難しいわね」
「犯罪行為は今後の探索に影響を及ぼす」
「そうなると、バイト?」
「定住するならアリかもしれないけれど、あまり得策ではない」
「案でもあるの?」
「冒険者ギルドを探そう」
「あのー、レイナさん?」
「お約束」
「そういうのも読むんだ。……ところでレイナさん」
「何?」
「あると思うの?」
「さぁ?」
結局、二人は次の日から「冒険者ギルド探し」を兼ねて街の探索にあたることにした。
***
しかし、街をいくら歩いてもそれらしい施設は見つからなかった。
代わりに、重厚な建物――役場のような施設が目に入った。
中に入ると、帳簿を広げた男が顔を上げた。
「嬢ちゃんら、何の用だ?」
「冒険者っていう職業を探してるの」
マナが身を乗り出す。
「冒険者?それはどんな職業なんだい?」
「便利屋。害獣を討伐したり、街の悩みを解決したりするの」
「ほう、そりゃ良い。…冒険者ってのにはしてあげれないが、依頼なら斡旋してやれそうだ」
マナが期待に目を輝かせる。
「報酬は?」
「金貨二枚。まぁ嬢ちゃんら二人が一週間は生活できるだけの額くらいなら出せる」
「少ないわね」
「依頼対象には懸賞金が掛かってる。当然捕まえてくりゃ嬢ちゃんらのもんだ」
「良いわ」
レイナが即答する。
役場の男は声をひそめた。
「探してほしいのは暗殺者だ」
マナが思わず眉をひそめる。
「物騒ね。…どんな相手?」
「名前は持たん。姿もない。ただ――スライムだ」
「……え?」
マナは間抜けな声を出してしまった。
「スライムって、あの……ぶよぶよした、雑魚モンスターの?」
「そうだ。だがこいつはただのスライムじゃない」男は苦い顔で続ける。
「王都から逃げてきた貴族が、夜中に寝床で溶かされて死んだ。骨も残らずにな。証言によれば、暗殺の手口が人間離れしていた。調べてみれば、現場に残っていたのはスライムの粘液だけだったんだ」
「……人間を跡形もなく喰うスライム、ね。たしかに厄介だわ」マナが腕を組む。
レイナは無表情で問い返した。
「依頼内容は討伐?」
「いや、どちらでもいい。生きたまま捕まえれば懸賞金がつくし、討伐しても構わん。ただし……気をつけろ。こいつは人の姿に化けるって噂がある。うかつに近づけば、嬢ちゃんらも夜の闇に飲まれるぞ」
マナは肩をすくめ、軽い口調で言った。
「人に化けるスライムが暗殺者なんて、ファンタジーの混ぜ物みたいね」
「でも、手掛かりは面白いわね。探してみましょうか」
レイナは小さくうなずいた。
「暗殺者が人を溶かすなら、情報を集めるべき。まずは被害者の足取りを追う」
男は机の引き出しから羊皮紙を差し出した。
「目撃証言をまとめた地図だ。被害はこの村の周辺にも及んでいる。嬢ちゃんらが手を貸してくれるなら助かる」
マナは地図を受け取り、ちらりとレイナを見る。
「……仕方ないわね。スライム退治なんて聞いたら断れないじゃない」
レイナは静かに答えた。




