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15_第15章 「 」

祭壇の前に並ぶ三人。マナの手の中には、まだ微かに赤みを帯びた触媒の瓶がある。


夢で触れた“吸血鬼としての自分”の影が胸の奥で揺れるが、レイナの視線がそれを遮った。


「……マナ、私は貴女に吸血鬼に戻ってほしくない」


レイナの声は柔らかく、だが揺るがない。


マナは小さく息をつき、瓶を手にしたまま視線を落とす。祭壇に差し込む光が触媒の赤を淡く照らす。


マナツは静かに微笑み、祭壇の向こう側へ目を向ける。


「……はぁ。異界の巫女は、元々異界を見るための器ですわ。お姉さまが再び巫女になる必要はない。ですわよね、主神様」


「でも……」


マナの言葉は途中で途切れる。夢の中の自分と現実の自分の狭間で、胸の奥にざわつきが残る。


「私があの世界へ戻ります。これで全て解決」


とマナツが言い、手のひらの触媒を微かに揺らした。


光の揺らぎが祭壇の石に映り、時空の穴がゆっくりと形を取っていく。


三人はしばしの沈黙の後、互いに頷き合う。マナは深呼吸し、触媒を静かにマナツに渡した。


空間がほのかに震え、異界への裂け目が開き、柔らかな光に包まれて三人は吸い込まれていく。


やがて、現実の世界に戻った三人。


そこは寂れた教会。先ほど夢で見ていた協会だった。


長い旅路の後の静けさが、教会の祭壇を取り囲むように漂っていた。


「色々疲れたわ」


マナが肩をすくめる。


「同意」


レイナも小さく頷く。


マナツは微笑みを浮かべ、少し身を引いてお辞儀する。


「お姉さまと離れるのは心苦しいですが、これで失礼しますわ」


「待ちなさい。何をする気?」


マナが少し慌てて問いかける。


「自由にさせてもらいます。心配しないで、貴方達の世話にはなるようなことはしない、ようにしますわ。多分」


「そこは言い切りなさいよ」


レイナが苦笑を浮かべる。


「冗談ですわ。ではまた」


マナツは笑顔で後ろ手に手を振り、静かに去っていった。


三人の背後には、祭壇の残光と、わずかに揺れる時空の波紋だけが残された。


風がそっと頬を撫で、全ての出来事を静かに受け止めるように、柔らかく世界を包んでいた。



***



二人は間を置かず、異界での出来事を整理しながら、第零研究機構エイドロンへと向かった。


街中を歩くたび、二人の心には異界ヴェルガでの戦い、夢の中での決意、そしてマナツとの対話の余韻が淡く残っていた。


研究所に着くと、マナたちは主任研究員や関係者たちに報告書を提出する。


ヴェルガでの異常現象、マナツの役割、異界の巫女としての自身の体験、そして時空の裂け目を使った安全な帰還まで――全てが詳細に書き記され、研究所のコンソールに入力されていく。


『今回の件で、ヴェルガに関わる研究はさらに加速することになるでしょう』


クラリスが淡々と述べる。


「……でも、あの子たちの安全が第一よね」


アサギが少し疲れた笑みを浮かべ、二人を見守る。


マナは報告の一段落をつけると、窓の外に視線を移した。青空と街の映像の光景は、異界の夢や裂け目の光の記憶を穏やかに塗りつぶす。


レイナもそっと隣に立ち、二人は無言で互いの存在を確認し合う。


「色々あったけど……私たちは戻ってきたのね」


マナが小声で呟く。


「同意」


レイナも微かに笑みを返す。


異界での戦い、夢の中の楽園、マナツとの再会――全ては過去になった。しかし、体験したすべてが二人の心に刻まれ、日常に静かな強さを与えている。


「さて、これからはどうする?」


レイナが軽く肩を叩く。


「……まずは日常に戻る。それから、少しずつ研究所の生活に馴染む」


マナは微笑みを返す。


二人は研究所の中を歩きながら、新たな日常と、まだ見ぬ未来に思いを巡らせた。異界の記憶は心の奥にしまわれたまま、しかしその経験は確かに二人を変え、強くしていた。




夕陽の映像が研究所の窓を金色に染める中、マナとレイナは報告を終えたばかりの執務室に静かに腰を下ろしていた。


机の上には、異界での戦いや異界の裂け目の状況をまとめた報告書が積まれている。


「……色々あったわね」マナが小さく息をつき、窓の外を見やる。


研究所の喧騒は相変わらずだが、どこか優しく、安定感のある音に思えた。


レイナも窓の外を見ながら、肩の力を抜く。


「ヴェルガのことを考えると、まだ心臓がざわつくけど……こうして平穏な時間があるだけで、少し救われる気がする」


二人の間に静寂が流れた。異界の残滓や夢の中の楽園、マナツの姿――それらすべてが心の奥にしまわれ、現実世界の空気にゆっくりと溶け込んでいく。


マナは深呼吸をひとつし、報告書に目を落とす。


「異界の裂け目は閉じられた。……これで、私たちの役目はひとまず終わったわね」


レイナは小さく頷き、机の端に置かれたお茶に手を伸ばす。


「あの時、吸血鬼の力を使わずに済んで、本当に良かった……。でも、もしまた必要になったら、その時は……」


「その時は、二人で考えましょう」


マナが優しく微笑む。


研究所の静かな午後、二人はそれぞれの席で目を閉じ、わずかに安堵の息をついた。異界の残滓はまだ心の奥にあるが、現実世界の光と音が確かに二人を包んでいた。


「少しゆっくりしたいわね」


マナがぽつりと言う。


「そう、ね」


レイナも小さく答え、机に肘をついて窓の外の映像を眺めた。


日常は、何も変わらずに流れていく。


だが二人の胸には、異界での戦いや夢の記憶、そして互いの存在の重みが静かに残っていた。


これからも、どんな異界が現れようとも、二人は共に歩む。そう心に決めながら、午後の光が研究所の床を長く染めていった。


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