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第14章 偽りの楽園

マナの視界が完全に夢の世界に切り替わると、そこは細い路地が連なる小さな街。


石畳の上には雨の跡が残り、遠くの建物からは温かい光が漏れている。


街角の古い看板に「マナ&レイナ探偵事務所」と書かれており、木製の扉を押すと、くすんだ空気と紙の匂いが混ざった事務所の中に入る。


中では、レイナが椅子に座りながら資料を整理している。机の上には新聞の切り抜き、古びた手帳、写真、怪しい手紙などが山積みになっており、まるで昨日までの事件がそのまま残されているかのようだ。


「マナ、これ見て。昨日の盗難事件、変な手がかりが出てきたの」


レイナが微笑みながら言う。マナは資料を手に取り、指先で慎重に追い、証拠と証言を照合する。紙の感触やインクの匂い、木の机の冷たさまでリアルに感じられる。


事件の手がかりを追いながら、二人は街を歩き、路地裏や商店街の小さなカフェ、石橋の上まで調査を続ける。


猫が路地の角からひょっこり顔を出し、二人の足元をすり抜ける。小雨が降り出し、二人は古びた傘を並べて歩く。


「……こういう日常って、懐かしいね」


マナがぽつりと呟く。


「ふふ、でも事件があるから退屈しない」


レイナの言葉に、マナは少し笑い、心の奥が温かくなる。


その後、二人は調査の成果をまとめ、事務所の小さな屋上に座る。街全体が夕陽に染まり、赤みがかった空が広がる。


遠くで鐘が鳴り、風が髪を揺らす。マナは夢だと気づきつつも、この幸福感と穏やかさに心が溶けそうになる。




マナはいつもの調査と同じように、街角の路地を歩いていた。


雨上がりの石畳に反射する街灯の光、湿った空気に混じるパン屋の香り、遠くから聞こえる子供たちの声――すべてがリアルに感じられ、夢であることなど微塵も思わなかった。


「これが、次の依頼先か……」


マナはレイナと一緒に、浮気調査の依頼があった家の前に立つ。小さなアパートのドアをノックすると、中から恨みが滲む男の声がした。


「誰だ、お前ら……!」


レイナが少し身構えながらも、マナに小さくうなずく。二人は冷静に証拠を集めようと室内に踏み込む。


しかし、その男は明らかに挑発的で、マナの目をじっと見つめて不穏な空気を漂わせる。


「ふふ……君たち、探偵ごっこで人を弄んでるんだろう?」


マナが証拠を取り出そうとした瞬間、男はナイフを振り上げた。


――刺された瞬間、鋭い痛みが胸を突き抜ける。


赤黒い血が腕から滴り落ちる感覚。痛みの強さと温度のリアルさに、マナは思わず息を止めた。だが、次の瞬間、世界が揺らぎ、光がにじみ、景色の輪郭がぼやけていくのを感じる。


「あ……これは……夢……?」


痛みの感覚と同時に、街並みや人々の動きがどこか不自然で、物理の法則も微妙に狂っていたことに気づく。


雨粒の落ち方、風の音、人々の動き、すべてがまるで演出された舞台のように整いすぎている。


レイナの姿も、微笑みながら手を振る動作がどこか誇張されていることに気づく。


「マナ……?」


声をかけられ、マナは自分の手を見つめる。ナイフで刺された腕は、痛みはあるが傷口はほとんど見えない。血の色や感触も、夢の中でしかあり得ない違和感を帯びている。


その瞬間、マナは悟った。


これは夢だ。現実ではない。


痛みが引き金となり、夢の中での幸福感と探偵ごっこの日常が、すべて「試練の舞台」であることを理解する。


夢であることを自覚したマナは、次に何が待っているかを覚悟しながら、マナツの存在を探し始める。


マナは目の前の景色が歪んでいることを悟ると、冷静さを取り戻した。夢の中の街路は、先ほどまでの現実感を保ちながらも、どこか曖昧で、建物の輪郭や人々の動きが時折揺れる。


「マナツ……どこにいるの?」


二人で街を駆け抜けながら、目立たぬよう人々の間をすり抜ける。


やがて、街外れの協会の建物が見えてくる。重厚な石造りの扉、荘厳なステンドグラス。いつかマナツと対峙したことのある教会だ。マナの直感が告げる――あそこにマナツがいる。


中に入ると、中央の祭壇前にマナツの姿があった。マナの目を見てにっこりと笑う。


「気づいたのね、マナお姉さま。あなたが夢の中であっても、ここに導かれるのは必然なのよ」


マナは息を整え、夢の中でも迷わず前に進む。マナツの手には、小さなアンティークの瓶が握られていた。赤く濁った液体――触媒の血。


「これは……?」


「あなたに必要なものよ。再び巫女としてヴェルガと向き合うための、準備。飲みなさい」


マナツの声は落ち着いているが、どこか強い意志を帯びている。


マナは一瞬、躊躇した。夢の中であること、触媒の血が自分を吸血鬼化させること、それでも彼女の心は迷わない。


「……わかった。レイナ、私はこれを飲む」


マナは瓶を手に取り、ゆっくりと口元に運ぶ。血の温かさが体内に流れ込む感覚が、夢の境界を揺さぶる。周囲の街並みが光に溶け、世界が波打つ。


「マナ……!」


レイナの声が遠くに響く中、マナは最後に深呼吸をして触媒の血を飲み干す。


その瞬間、夢は破れ、マナは現実の自分の身体に意識を取り戻す。胸の奥に新たな力が満ち、全身を熱い感覚が駆け抜ける。


夢の中の幸福も、探偵ごっこも、すべては試練であり、彼女を強化するための舞台だったのだ。


目を開けると、マナの前には現実のマナツが立っていた。マナツの手を見ると、夢で見た瓶を持っていた。触媒の血が入った瓶を。


「さあ、お姉さま。これで再びヴェルガに挑める。あなたの巫女としての役目が、今、始まるわ」



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