第10章 王都
馬車に揺られて数日の道のりを経たのち、二人はついに王都の城壁を目にした。
「……随分、大きな街ね」
マナが感嘆の声を漏らす。
灰色の石壁が幾重にも重なり、門の周囲には行商人と兵士がごった返している。
「人も多いわ。交易の拠点になっているみたい」
レイナは冷静に観察しながらも、その目にはわずかな輝きが宿っていた。
検問を抜けた先、石畳の広い通りに足を踏み入れる。両側には屋台や商館が並び、香辛料や焼き菓子の匂いが鼻をくすぐる。
子どもたちの歓声や吟遊詩人の歌声までが溶け合い、まるで絵巻物の中に迷い込んだようだった。
「調査、って言ってたけど……完全に観光してるわね、私たち」
マナが苦笑する。
「観光も調査のうち。人間社会の仕組みを知るのは重要」
レイナは真顔で答える。
「そういう理屈を平気で言うから、あなたってずるいのよ」
土産物屋を覗き込み、屋台の串焼きを食べ歩きながら、ひとしきり王都を回った二人は、日が傾き始めたころようやく本来の目的を思い出す。
「で、本題。帰還の手がかりを探すんだったわね」
マナが真面目な顔に戻る。
「ええ。異界に穴を開ける方法……この世界と繋がる術を持っている者を探す必要がある」
宿に戻り情報を整理するうち、奇妙な噂が耳に入った。
――この国の王は神と繋がる“巫女”だ。異界をも見通す力を持つ、と。
「王が巫女……随分とファンタジーじみてるわね」
マナが呆れ気味につぶやく。
「けれど事実なら、これ以上ない手がかりになるわ」
レイナは真剣な面持ちで立ち上がる。
刹那、石畳の広場に、黒いひびが走った。
やがて空気が爆ぜ、暗黒の裂け目が開く。
そこから這い出したのは肉の塊――いや、腐敗した胎児の集合体のような異形だった。無数の触手がうねり、石畳を叩き割り、建物の壁を粉砕する。
「っ……完全に《向こう》のやつじゃない!」
マナが後ずさりしながらナイフを構える。
「その《向こう》側に来たのは私たちの方だけれど」
レイナは淡々とした声で呟き、背中から高周波ブレードを抜き放った。刀身が白く震え、耳障りな唸りを発する。
「言ってる場合?兵士だけじゃ抑えきれないわ。私たちでやろう」
マナは舌打ちしつつも、残滓に駆け込んだ。
「仕方ない、行こう」
レイナも後に続く。
触手が雨のように振り下ろされる。
マナは軽やかに横跳びし、一本をナイフで断つ。だがすぐに新たな触手が生え出す。
「きりがないじゃない!」
「核を探す」
レイナは短く言い捨て、ブレードを横薙ぎに振る。
――ジジジジィッ!
刃が触手の繊維を震わせ、一瞬で焼き切った。粘液が飛び散るが、彼女は眉一つ動かさない。
「……なるほど、高周波ってこういうのに効くのね」
「理屈は後。前を抑えて」
マナは残滓の正面を引き受け、舞うような足運びで触手を切り払い続ける。
その背後を、レイナが突き抜ける。ブレードを交差させ、四肢のように動く触手を次々と切断。
異形が悲鳴のような音を発し、粘液を噴き出す。
「くっ……!」
飛沫がマナの頬にかかり、皮膚が焼ける。痛みに顔を歪めるが、レイナが即座に間に割り込んで庇う。
「下がって」
「ちょっと!抱きしめてる場合じゃないわよ!」
「潰されそうだったの。助けただけ」
やりとりの間にも触手が殺到する。レイナはマナを背中に庇い、二刀の高周波ブレードを交差させて受け止める。刃が火花を散らし、触手が次々に焼き切れる。
「……見えた」
レイナの淡々とした声。
残滓の中心に、濁った光の塊――核が露出している。
「マナ、今!」
「任せなさい!」
マナは残滓の隙間を縫い、しなやかに跳び込む。触手が四方から襲いかかるが、レイナが背後からブレードを投げて牽制。
その一瞬を突き、マナのナイフが核へ深々と突き刺さる。
耳を劈く絶叫。
残滓の体が黒い霧となり、広場一帯に溶けるように消滅していく。
広場に静寂が戻る。市民が次々と顔を上げ、歓声が巻き起こった。
「助かった……!」
「ヴェルガの怪物を、あの娘たちが……!」
兵士が駆け寄る。
「あなたたち、何者だ……? まさか、ヴェルガの残滓を討っただと……!」
民衆は口々に感謝を叫び、城から駆けつけた使者が二人に頭を下げる。
「どうか、王宮へ。陛下があなた方に会いたいと……」
マナは肩で息をしながらレイナを見た。
「……また面倒ごとになりそうね」
「私たちの目的に近づいた証拠。悪くない」
「はいはい、ポジティブで結構だわ」
二人は人々の喝采に囲まれながら、王宮へと歩み出す。




