表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第1章 影を背負う者と造られた者

――この世界には、常識では説明のつかない“異常”が存在する。


街角に現れる、誰にも認識されないまま人を喰らう影。


あるいは、一夜にして廃墟へと変貌する学校。


人の理を超え、災害のように現れ、そして人を巻き込んでいく存在。


それらはまとめて「オブジェクト」と呼ばれている。


当然、放置すれば文明は簡単に崩壊する。


だから――人知れず、そうしたものを封じ込める組織がある。


第零研究機構エイドロン」。


その名を公に知る者はほとんどいない。記録上は“存在しない”機関。


政府にも半ば隠され、各国から密かに出資され、ただひとつの使命を背負う。


――異常存在を調査し、収容し、人類の延命を図ること。



***



灰色の壁が続く地下フロア。蛍光灯の無機質な光が、閉ざされた空間を照らしていた。


収容部隊の待機室。その椅子に、ひとりの少女が背を預けている。


黒羽マナ。


短いネイビーブラックの髪に、鋭い眼差し。


かつて“半吸血鬼”と呼ばれた存在だが、今はただの人間に戻っていた。


――戻った、はずだった。


だが夜ごと、夢に見る。


血の匂い、灼けつくような渇き、背後にまとわりつく影のざわめき。


もう存在しないはずの力が、どこかで息を潜めている気がしてならない。


その恐怖と共に、彼女は今日も任務に向かう。


「で、今回の仕事は?」

退屈そうに天井をにらむマナに、すぐ隣の少女が無表情で答えを返す。


「異常空間の調査とサンプル回収。……だそうだ」


チャコールグレーの髪を揺らし、灰銀の瞳で端末を読み上げるのは空科レイナ――人造人間。


未来で生み出され、時空を越えてこの時代へと送られた“兵器”だ。


感情らしいものは薄いが、観察するように人間を見つめるその仕草には、どこか理解を求めるような気配がある。


「お前、司令でもないのに先に言うなよ」


「どうせ、すぐナギサが同じことを言う」


――このやりとりは、もう何百回目になるだろう。


長年連れ添った相棒だからこそ、息の合ったやり取りは自然に繰り返される。


マナが毒を吐けば、レイナは受け止め、必要なら補足する。


感情を見せないくせに、妙に気が利く。


だからこそ、マナはこの無表情な人造人間と組むのが一番楽なのだ。



司令官――城戸ナギサ。モカブラウンのセミロングを後ろでまとめ、眼鏡越しに資料を見つめる姿は知的で冷徹。


「こほん。市街地近郊で“次元の裂け目”が確認された。放置すれば拡大し、半径二キロ圏が消失しかねない。原因の特定と、拡大抑止が目的だ」


「また異界潜入か……好きだねぇ、うちの上は」


マナは小さく舌打ちする。


「私は構わない」


レイナが、感情のこもらない声で答えた。


「私の存在理由は、異常存在への対処。それが果たされるなら」


「便利な作りだこと」


マナは肩をすくめる。


長年連れ添った相棒だ。戦場で幾度となく背中を預ける相手。



ナギサは二人を見回し、短く告げる。

「ゲートの安定化処理は完了している。転送班が待機中だ。五分後に出発」


マナは立ち上がり、支給された黒い戦闘装備を身につける。


マナは装備を身につけるとき、胸ポケットに視線を落とす。そこには銀色の錠剤――B-タブレットが数粒。


かつてはこれで吸血鬼としての力を呼び覚ますことができた。だが今では、何の効果もない。


残るのは、服用による身体の負担と副作用だけ。


それでも、渡される以上は持っていかざるを得ない。


「……ま、飾りにはなるか」

小さく吐き捨て、ベルトを締めた。


レイナも同じく装備を確認し、端末を腕に装着する。その動作は機械的で無駄がない。


「二人とも」


ナギサが声をかける。


「任務はあくまで“調査”だ。不要な戦闘は避けろ。帰還を最優先としなさい」


マナは冷ややかに笑った。

「了解。……ま、言うだけならタダだしね」


レイナは無言で頷く。


こうして、元吸血鬼と人造人間。

ふたりの異世界探索は、静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ