第四話:男たちの蒼月棟──寮生活と班分けの始まり
「はぁ……」
俺はまたため息をついていた。
入学式の混乱、席次テストの騒動。
目立ちたくないのに、目立たざるを得ないイベントが続き、早くも胃が痛くなっていた。
(……せめて、部屋では静かに過ごしたい)
そんな願いを胸に向かったのが、男子寮──蒼月棟。
中でも、俺は“特例生”として割り当てられた、少し広めの三人部屋に配属されていた。
部屋番号は207。
ドアを開けた瞬間、先客がいた。
「おっす! クロウどの! よくぞ来た!」
元気な声とともに飛びついてきたのは、東方出身の男、インジュ=チャン。
自称・風の里の放浪忍。実際にそこまでの実力者かはともかく、身のこなしはやたら軽い。
「拙者とお主が同室とは、これはもう運命でござるな!」
「運命、破棄したい」
「ひどいッ!」
すでに布団の上で巻物を読んでいた彼は、身軽に宙返りして俺の横に着地する。
「ちなみにあと1人、まだ来てないのだ。どんな奴か楽しみでござるな」
(……どうか、まともな奴が来てくれ)
と、思った矢先。
ギイ、と扉が開いた。
「……入る」
低く太い声とともに、ひとりの大男が現れた。
鋼のように引き締まった体。
短く刈り込まれた黒髪と、鋭く光る灰色の瞳。
片手には巨大な荷物袋。背中には、斧のような剣を背負っている。
「俺、ゴーム=チュンシ。鍛冶工房出身。よろしく」
「えっ、あっ……ああ、よろしく……」
(怖ッ!!)
それが、俺の第一印象だった。
だが彼は礼儀正しく、無駄なことを一切喋らない。
黙々と自分のスペースを整えると、ベッドに腰を下ろして静かに本を読み始めた。
「……いい部屋になりそうでござるな」
「……まあ、そうだな」
静と動、緩と緊。
そんな三人組の、寮生活が始まった。
⸻
その日の午後、学園講堂にて“班分け式”が行われた。
席次テストの結果をもとに、10人前後の小班が結成される。
これからの授業も訓練も、すべて班行動が基本になるという。
「第七班──班長:アリシア・フォン・ヴァルグレア」
「メンバー:クロウ・イグナート、インジュ=チャン、ゴーム=チュンシ、ルーナ・クローディア、ミリア・ファングル……」
(またこいつか……!)
金髪の王女、アリシア。
初日に俺の秘密を疑ってきた、鋭い目を持つ少女。
彼女と、また同じ班。
偶然にしては出来過ぎている。
「おかしいわね。あなた、本当に“目立ちたくない”って顔じゃないのに」
アリシアは肩をすくめる。
だがその目は、明らかに俺を値踏みしている。
(もう……いっそ全部バレたほうが楽かもな)
「第七班には、魔術・剣技・補助・調査、それぞれのバランスが求められる。
明日から共同訓練が始まる。各自、覚悟しておくように!」
教官ギルマンの声が響き渡る。
隣ではインジュがニコニコしているし、ゴームは無言で頷いている。
「なんか、妙に“濃い”班になったな……」
「うむ。だが面白くなってきたでござるよ?」
インジュは上機嫌。
ゴームは腕を組んで黙っているが、どこか興味深そうな視線を俺に向けていた。
“この男……隠してるな”
そう言われてる気がして、俺は無言で目を逸らした。
⸻
その夜。
寮に戻った俺たちは、さっそく共同生活を開始する。
「お主、剣はやるのか?」
「いや、まあ……少しだけ」
「鍛冶は好きか?」
「嫌いじゃない……かな」
(この部屋、静かな時間が長すぎて逆に疲れる)
だが奇妙な安心感もあった。
この2人なら、下手な探りを入れたりはしない。
信頼できるかはまだ分からないけど――敵ではないと、そう感じていた。
こうして俺の寮生活は、騒がしくも静かな始まりを迎えた。