第一話:俺、ただの一般人なんで。
「クロウ〜! 早くしないと入学式、間に合わないでござるぞ!」
朝の寮舎。
ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、黒髪ポニーテールの眼鏡男子――インジュ=チャン。
東方の島国出身で、なぜか“でござる”口調が染みついている変な奴だ。
「だからそれやめろって言ってるだろ。目立つだろ……」
「むっ、目立ちたくないのは拙者とて同じこと。しかし時間が目立っておる!」
「……意味わかんねぇよ」
目立ちたくない。静かに生きたい。
それが俺――クロウ・イグナートの人生方針だ。
もっとも、俺には**バレてはいけない“正体”**がある。
――十年前、この異世界に転生してからずっと、
俺は“偽物の名前”で、力を隠しながら生きてきた。
拾ってくれたのは、名前も明かさない流れの剣士だった。
山奥での暮らしの中で、剣、魔法、生き方――すべてを教え込まれた。
そして俺は知った。
俺の中には、かつて世界を救ったという三人の魂が宿っている。
【魔王】【賢者】【剣聖】――それぞれが伝説級の存在。
そんな化け物みたいな力を、どう使えばいいかなんてわからない。
だから俺は、誓った。
「目立たず生きる」こと。
力をひた隠し、ただの“そこそこ”としてこの世界で生きることを。
⸻
そして今、俺は王立魔法学園――ルーメン学園の入学式に向かっている。
表向きは“特例入学”ってことになってるが、実際のところは謎。
なぜ俺に招待状が届いたのかは、今も不明だ。
とはいえ、ここにいれば一応は身を守れる。
学生としての仮面さえかぶっていれば、そうそう正体がバレることもない……はずだった。
「どいて。平民が王族の前に立つなんて、無礼よ」
声をかけてきたのは、金髪碧眼の少女。
高貴な雰囲気、制服にあしらわれた紋章、そして周囲の反応からしても、相当な人物だ。
「……は? 誰?」
「アリシア・フォン・ヴァルグレア。王国の第二王女よ。覚えておきなさい」
マジかよ……。
よりにもよって、こんな序盤で王女と衝突するなんて。
「私の靴、汚れたわ。謝りなさい」
「いや、そっちがぶつかってきたよな?」
「あなた、学園の礼儀も知らないの?」
いきなりの睨み合い。
やばい。このままじゃ超絶目立つ……!
「このへんで! 我が魂の盟友に無礼を働くのは、このインジュ=チャンが許さない!」
割って入ったインジュが、滑るように前に出てきた。
ありがたいけど、たぶん逆効果だ。
「……誰?」
一蹴。インジュ、撃沈。
……が、その瞬間だった。
アリシアの足元に、青白い魔法陣が浮かび上がる。
(結界魔法!? 誰かが仕掛けた罠か!?)
身体が勝手に動いた。
「……《解呪・零式》」
俺の手から放たれた“無属性魔力”が、魔法陣を一瞬で消し去る。
空間に響く、ガラスが砕けるような音。
静寂。
「今の……なに?」
「クロウ、お主……いったい……」
やばい。
力を隠すどころか、全開でやっちまった。
「いやいや、これはその……風のいたずらとか、精霊の偶然とか……」
「……クロウ・イグナート。あなた、いったい何者なの?」
その視線が、鋭く俺を見つめてくる。
最悪だ。
目立たず生きるはずだったのに、こんな一瞬で“異常”を晒すとは。
……でも仕方ないだろ。
俺、ほんとにただの一般人なんだよ。
――たぶん、な。