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大地の鼓動と古文書の謎

数々の改革を成功させたさくらだったが、この世界の地震が特定の周期で発生していることに気づき、不安を覚える。王城の古文書を調べるうち、彼女は「大地の怒り」がおとぎ話とされる巨大生物「地脈竜」の寝返りによるものだという、驚くべき伝説に行き着く。

アイゼンブルクの鉱山改革は、王国の産業に革命をもたらした。安全かつ効率的な採掘法によって、鉄の生産量は飛躍的に増大し、その恩恵は、さくらが当初意図した建築資材だけに留まらなかった。改良された農具は食料の増産を促し、強固な武具は王国の軍事力を高めた。さくらの名は、もはや単なる「王宮建築士」ではなく、国に富と力をもたらした「賢者」として、民衆から絶大な支持を集めるようになっていた。

国王ユリウスとの関係も、公私にわたって深まっていた。共に国の未来を語り、時には身分を忘れて軽口を叩き合う。さくらにとって、聡明で民を思う心の篤いユリウスは、信頼できるパートナーであり、そして、一人の男性として強く惹かれる存在になっていた。ユリウスもまた、さくらの持つ革新的な知識と、困難に屈しない強い意志、そして時折見せる柔らかな笑顔に、王という立場を超えた愛情を抱いているのは明らかだった。

しかし、輝かしい成功の裏で、さくらは一つの拭い去れない不安を抱え続けていた。

「地震」だ。

この世界に来てから、体感できる規模の地震は、あの最初の大地震以来、一度も起きていない。だが、彼女が王城の地下深くに設置した、手製の簡易的な地震計――振り子の揺れを記録するだけのシンプルな装置――は、人間には感じられない、ごく微弱な振動を、断続的に記録し続けていたのだ。

「…おかしい。この揺れのパターン、どこか規則的すぎる…」

設計室で、過去数ヶ月分の地震計の記録をグラフにしていたさくらは、眉をひそめた。微弱な振動は、まるで巨大な生き物が、ゆっくりと呼吸でもしているかのように、一定の周期で繰り返されていた。自然現象にしては、あまりに整然としすぎている。

日本の地震学の知識では説明がつかない、その不可解な現象に、さくらは言いようのない胸騒ぎを覚えていた。この静けさは、嵐の前の静けさなのではないか。もっと巨大な、破滅的な「何か」が、自分たちの足元で、刻一刻と迫ってきているのではないか。

その不安を、彼女はユリウスに打ち明けた。

「陛下、この世界の地震には、何か、私たちの知らない『法則』があるのかもしれません。過去の記録を調べさせていただけないでしょうか。何か、ヒントが隠されているかもしれません」

ユリウスは、さくらの真剣な表情を見て、すぐに許可を出した。彼は、さくらの直感を、もはや疑うことなく信頼していた。

「わかった。王城の地下にある『禁書庫』を開放しよう。そこには、建国以来の、ありとあらゆる記録が保管されている。通常は王族と、許可された一部の者しか入れない場所だが、君になら、その資格がある」

禁書庫。その響きに、さくらは少しだけ胸を躍らせた。そこは、文字通り、歴史の中に埋もれた知識が眠る場所だ。

ユリウスに案内されて足を踏み入れた禁書庫は、巨大な洞窟を書庫に改造したような、荘厳な空間だった。空気はひんやりと乾燥し、古い羊皮紙とインクの匂いが満ちている。天井まで届く本棚には、膨大な量の古文書や記録書が、ぎっしりと並べられていた。

「すごい…」

「ここにあるのは、国の公式な歴史だけではない。天変地異の記録、占星術師の予言、中には、おとぎ話や神話の類まで、あらゆるものが保存されている。何か、君の助けになるものが見つかればいいが」

その日から、さくらの禁書庫通いが始まった。彼女は、建築士としての仕事の合間に、時間を見つけては書庫に籠り、過去数百年分の災害記録を、片っ端から読み解いていった。

記録は、膨大だった。地震、洪水、日照り、大寒波。あらゆる災害の記録を、彼女は年代順に並べ、その発生パターンを分析していく。

そして、調査を始めて一週間が過ぎた頃、彼女はついに、ある驚くべき「周期性」を発見した。

「…嘘…でしょ…」

さくらは、自分がまとめた年表を前にして、愕然とした。

記録に残る大規模な地震は、およそ「120年に一度」という、極めて正確な周期で、この国を襲っていたのだ。そして、その震源地は、毎回、王都アストリアの南方に位置する「嘆きの谷」と呼ばれる、不毛の地帯に集中していた。

あまりに正確すぎる周期。これは、もはやプレートの動きなどで説明がつくものではない。まるで、誰かが、あるいは「何か」が、120年ごとに目覚まし時計をセットしているかのようだった。

「120年周期…だと?」

報告を受けたユリウスも、信じられないといった顔で年表を見つめた。

「はい。そして、最後の大きな地震の記録から、すでに119年が経過しています。もし、この周期が正しいとすれば…」

「…あと、一年以内に、建国以来最大級の地震が、この国を襲う…ということか」

ユリウスの顔から、血の気が引いた。今の王都は、さくらの改革によって、以前より遥かに災害に強くなっている。だが、建国以来の規模となれば、被害が皆無で済むはずがない。

なぜ、120年なのか。なぜ、嘆きの谷なのか。

謎を解く鍵を求め、さくらは調査の範囲を、公式な災害記録から、より古い「神話」や「伝承」の領域へと広げていった。ほとんどは、荒唐無稽なおとぎ話だった。しかし、その中に、彼女の目を釘付けにする、一つの記述を見つけた。

それは、『大地の創造神話』と題された、ひときわ古い革張りの書物だった。

『――世界の初め、大地は混沌のままに眠っていた。そこへ、天空より女神アストライアが降り立ち、その涙から、巨大なる竜を生み出した。竜の名は、ガイア。ガイアは、その巨体で大地そのものとなり、その寝息は山脈を隆起させ、川の流れを作った。人々は、竜の背の上で、その恩恵を受けて暮らしていた。

しかし、ガイアは、120年に一度、その身を揺り動かし、寝返りを打つ。それは、大地に溜まった澱みを払い、新たな生命を芽吹かせるための、聖なる浄化の儀式であった。人々は、その揺れを「大地の怒り」と呼び、恐れた。だが、それは怒りではない。生命の循環を促す、大いなる『鼓動』なのである――』

「地脈竜…ガイア…」

さくらは、その記述を読んで、全身に鳥肌が立つのを感じた。

おとぎ話だ。非科学的で、荒唐無稽な神話にすぎない。

だが、その神話に書かれた「120年に一度の寝返り」という記述は、自分が発見した地震の発生周期と、不気味なまでに一致していたのだ。

この世界では、地震は、プレートテクニクスではなく、地中深くに眠る「巨大生物」の活動によって引き起こされている…?

そんな馬鹿なことがあるはずがない。現代日本の科学常識では、到底受け入れられない結論だ。

しかし、ここは、魔法が存在し、女神の神託が国を動かす異世界なのだ。自分の常識の方が、間違っているのかもしれない。

もし、この神話が、真実の一端を伝えているとしたら?

だとしたら、もう一つの疑問も説明がつく。なぜ、震源地がいつも「嘆きの谷」なのか。

「嘆きの谷」とは、地脈竜ガイアの、ちょうど「心臓」にあたる部分なのではないか?寝返りを打つ際に、最も大きなエネルギーが集中する場所。

「…陛下。とんでもない、仮説なのですが…」

さくらは、恐る恐る、自分の立てた突飛な仮説をユリウスに話した。ユリウスは、初めこそ眉に唾をつけて聞いていたが、さくらが示す、災害記録の周期性と、神話の記述との符合を前に、次第にその表情を真剣なものへと変えていった。

彼は、王家の者にしか伝えられない、ある口伝を思い出した。

「…そういえば、我が王家に、代々伝わる言葉がある。『大地の鼓動、鎮まらぬ時は、嘆きの谷にある、星の祭壇に祈りを捧げよ』と…。これまで、ただの言い伝えだと、誰も本気にはしてこなかったが…」

星の祭壇。嘆きの谷。

点と点だった謎が、一本の線で繋がり、恐るべき全体像を現し始めた。

一年後に迫る、破滅的な大地震。その原因は、地脈竜ガイアの目覚め。そして、それを鎮めるための鍵が、震源地である「嘆きの谷」にあるという、古代の祭壇。

「…行くしか、ありませんね」

さくらが、覚悟を決めた声で言った。

「ええ。災害が起きるのを、ただ待つわけにはいかない。もし、この手で、大地の怒りを鎮めることができるのなら…」

ユリウスもまた、王としての決意を固めた。

それは、もはや建築や土木という、科学の領域を超えた挑戦だった。

神話と伝説に導かれ、彼らは、この世界の根源的な謎へと、足を踏み入れようとしていた。

さくらの知識と、ユリウスの決断。二人の力が合わされば、あるいは、この国を、定められた破滅の運命からさえも、救い出すことができるかもしれない。

その希望を胸に、二人は、危険な「嘆きの谷」への調査遠征を決意するのだった。

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