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王宮建築士、誕生

地震の被害を最小限に食い止めたさくらの知識は、国王ユリウスに認められ、彼女は正式に「王宮建築士」の地位を与えられる。まずは崩壊の危機にある王城の修復と、未来の災害に備えるための耐震補強計画に着手する。

大地を揺るがした激震が過ぎ去った後、王都アストリアは静かな混乱の中にあった。多くの建物が損壊し、人々は広場や路上で不安な夜を明かしていた。しかし、その被害は、本来であればもっと壊滅的であったはずだった。


「聖女様の、いや、建築士殿の警告がなければ、今頃この城も、街も、半数以上が瓦礫と化していただろう」


国王ユリウスの執務室で、彼は瓦礫が散乱した窓の外を見やりながら、静かに呟いた。彼の目の前には、相川さくらが立っている。あのパニックの中、的確な指示で人々を導き、多くの命を救った異邦の女性。もはや彼女を単なる「聖女」や「客人」として扱う者はいなかった。


「君の知識は本物だ。そして、この国にとって必要不可欠なものだと、余は確信した」


ユリウスはさくらに向き直ると、迷いのない瞳で告げた。


「相川さくら。君に、この国の未来を託したい。本日この時をもって、君を我が国の『王宮建築士』に任命する。これは、君のために新設する特別な地位だ。王城の修復、そして今後の災害に備えるための都市計画、その全権を君に委ねる」


「王宮…建築士…」


さくらは、その思いがけない言葉に息を呑んだ。隣に控えていた宰相や大臣たちが、驚きに目を見開いているのがわかる。異世界に来て数日、昨日までただの遭難者だった自分が、一国のインフラを担う役職に就く。あまりに現実離れした展開だったが、さくらの胸には恐怖よりも先に、建築士としての魂が燃え上がるのを感じていた。


「…謹んで、お受けいたします。私の知識と技術のすべてを、この国のために」


深く頭を下げるさくらに、ユリウスは満足げに頷いた。


「では、早速仕事だ、建築士殿。まずは、この城の被害状況を君の目で見て、判断を聞きたい」


こうして、さくらの異世界での最初の仕事が始まった。ユリウス自らが案内役となり、さくらは城内の被害状況をつぶさに調査して回った。大臣たちは訝しげな顔をしながらも、王の命令でそれに付き従う。


「ここの柱は見た目に損傷はありませんが、見てください、根元と梁との接合部に細かい亀裂クラックが入っています。これは構造体そのものにダメージが及んでいる証拠です。次の揺れが来れば、この大広間は一瞬で崩落します」


「この壁は、石の積み方が美しいですが、内部に芯となる構造がありません。レンガをただ積み上げただけの壁と同じです。すぐに補強を」


さくらは、専門家の目で次々と建物の「欠陥」を指摘していく。彼女が指し示すのは、この世界の建築家たちが「問題ない」と見過ごしてきた、根本的な構造の脆弱性だった。初めは半信半疑だったユリウスや大臣たちも、彼女の淀みない説明と、その指摘がことごとく論理的であることに、次第に表情を変えていった。

一通りの調査を終え、執務室に戻ったさくらは、羊皮紙の上に羽ペンでさらさらとスケッチを描き始めた。それは、この世界の誰も見たことがない、新しい建築の図面だった。


「まず、修復と同時に『耐震補強』を行います。これは、建物を地震の揺れに対して強くするための工事です」


さくらは、柱と梁が交差する部分に斜めに入れる部材、「筋交い(すじかい)」の図を描いて見せた。


「このように斜めの材を入れることで、水平方向の揺れに対して、構造が菱形に変形するのを防ぎます。これだけで、建物の強度は何倍にもなります」


さらに、彼女は建物の基礎部分の図を描き加えた。


「それから、基礎です。この城の基礎は地面にただ石を置いているだけに近い。地面と建物をしっかりと一体化させるか、あるいは逆に、揺れを吸収する層を間に挟む『免震』という考え方もありますが…まずは基礎を深く、広く打ち直すことが急務です」


鉄筋、アンカーボルト、基礎配筋…。さくらの口から語られる聞き慣れない言葉と、それによって示される合理的な構造理論に、ユリウスは感嘆の息を漏らした。それは、経験と勘だけを頼りにしてきたこの世界の建築技術を、根底から覆す「革命」だった。


「素晴らしい…。さくら、君の言う通りに進めよう。資材も、人員も、必要なものは全て用意させる」


ユリウスは即座に決断し、さくらに全幅の信頼を寄せた。しかし、彼は一つだけ、忠告を忘れない。


「だが、覚えておいてほしい。この国の石工や大工といった職人たちは、何代にもわたって受け継がれてきた伝統と己の腕に誇りを持っている。彼らにとって、君のやり方は『異端』であり、自分たちの仕事を否定するものと映るだろう。彼らを納得させ、動かすことが、君の最初の、そして最も困難な仕事になるはずだ」


ユリウスの言葉に、さくらは表情を引き締めた。そうだ、どんなに素晴らしい設計図を描いても、それを作ってくれる人がいなければ意味がない。現場でのコミュニケーション、職人たちとの信頼関係の構築。それは、日本で働いていた時も常に苦労してきたことだ。

(やることは、どこへ行っても同じなんだ)

さくらは、羊皮紙に描かれた不格好だが力強い「筋交い」の図面を握りしめた。自分の知識が、この世界で本当に価値を持つのか。その真価が、今まさに問われようとしていた。


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