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異邦の建築士と揺れる石の都

異世界に召喚された現代日本の建築士さくら。彼女は美しい石の都が、地震に対してあまりに無防備であることに気づく。人々の無理解に苛まれる中、大地は不気味に揺れ始める。彼女は現代知識を武器に、来るべき大災害に立ち向かう。

「…ここは…?」

意識が浮上した時、相川さくらの目に飛び込んできたのは、見慣れた鉄骨とコンクリートではなく、精巧な彫刻が施された石の天井だった。身体を起こすと、自分が天蓋付きの豪華なベッドに寝かされていることに気づく。最後に記憶にあるのは、大規模な地震に見舞われた建設現場で、崩れてくる鉄骨から後輩を庇ったこと。

(私、死んだんじゃ…)

混乱するさくらの元へ、侍女らしい服装の女性が入ってきた。彼女の言葉は不思議と理解できたが、その内容はさくらの混乱をさらに加速させた。


「お目覚めですか、聖女様。大神殿の巫女たちが、貴女様がこの世界『アストライア』にお渡りになるのを視ておりました」


聖女?異世界?状況がまるで飲み込めない。さくらは、自分が現代日本で生きてきた三十歳の建築士であること、そしておそらく一度死んだことを説明したが、侍女たちは敬虔な眼差しで頷くだけだった。

やがて、この国の若き国王、ユリウスがさくらの元を訪れた。聡明そうな顔立ちをした彼は、さくらの話を冷静に聞いた上で、こう言った。


「君が異世界から来たというのは信じがたい話だ。だが、巫女の神託は絶対だ。君が我らにとって重要な存在であることは間違いない。しばらくは客人としてこの城で過ごすがいい」


こうして、さくらの奇妙な異世界生活が始まった。城での生活は快適だったが、建築士としての性分だろうか、どうしても建物の構造が気になってしまう。美しい石造りの城壁、大理石の柱、壮麗なアーチ。どれも素晴らしい技術だが、さくらはある重大な欠陥に気づいてしまった。

(この世界の建物…『揺れ』に対する備えがまったくない!)

柱と梁の接合部、石の積み方、どれをとっても水平方向の力、つまり地震動を全く考慮していない構造だった。もし日本で体験したような震度の地震が起これば、この美しい王城も、街も、一瞬で崩壊するだろう。

その懸念は、数日後に現実のものとなった。

グラッ、と。小さな横揺れが城を襲った。人々は「大地の悪戯」と呼び、すぐに収まる揺れに慣れているようだったが、さくらは血の気が引くのを感じた。これは前震だ。もっと大きな本震が来る可能性がある。


「国王陛下に謁見を!急いでください!」


さくらは衛兵の制止を振り切り、ユリウスの執務室へ駆け込んだ。


「相川さくら、どうしたのだ、そのように慌てて」


「陛下!今のはただの揺れではありません!もっと大きなものが来ます!すぐに城の人間と民衆を、広場のような開けた場所へ避難させてください!」


さくらの必死の形相に、ユリウスは眉をひそめる。


「何を馬鹿なことを。大地の悪戯は昔からあること。すぐに収まる」


「違います!私の世界では、この揺れは『地震』と呼ばれ、時に街を丸ごと破壊する災害なんです!建物の構造を見ればわかります、この城は大きな揺れには耐えられない!」


さくらは、近くにあった羊皮紙とインクをひったくると、淀みない動きで城の構造図と、地震動によって力がどう加わり、どこから崩壊が始まるのかをスケッチで描き出した。その専門的で的確な図解に、ユリウスと側近の大臣たちは目を見張る。


「…これは…」


「信じられないかもしれませんが、これは科学的な予測です。お願いします、人々を救うために私の知識を信じてください!」


ユリウスは、さくらの瞳に宿る真剣な光と、彼女が描いた図の説得力に、しばらくの間葛藤していた。常識か、異世界人の知識か。

ゴゴゴゴゴ…ッ!

決断を迫るように、先ほどとは比べ物にならない激しい揺れが城全体を襲った。壁に亀裂が走り、天井から砂が落ちてくる。悲鳴が廊下に響き渡る。


「くっ…!」ユリウスは即座に決断した。


「衛兵!全軍に伝えよ!城内の人間を中庭へ!市街地の民も広場へ避難させよ!急げ!!」


ユリウスの檄が飛ぶ中、さくらは冷静に叫んだ。

「柱や壁から離れて!机の下など、物が落ちてこない場所に身を隠して!」

建築士として培った知識が、今、この異世界で人々の命を救おうとしていた。揺れが収まった時、世界は一変しているだろう。そして、さくらの本当の戦いは、そこから始まるのだ。この世界に、安全な「家」を建てるために。

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