小学校編・第9章「ライバルとの戦い、選択の時」
市大会、準決勝。
対戦相手は、南雲ウルフス。
去年の優勝チームで、全国大会でも名を馳せた実力を誇る。
「ヤバいな……」
試合前に、ベンチで蓮が呟く。
その目は、少しだけ引き締まっていた。
「いや、こっちはこっちで勝つ方法がある」
保科が自信を込めて言うと、蓮はしばらく黙っていた。
その横で、篠田がからかうように言った。
「ま、またお前がマウンド立つんだろ? 今日はよろしくな」
その言葉に、俺は少し驚いた。
確かに、ピッチャーは俺だ。でも──
「お前、今さら何言ってるんだよ。オレはバッターとしても貢献するからな」
「よし、頼んだぞ」
試合前のウォーミングアップ。
その空気の中で、俺はふと気づくことがあった。
これまで俺は、言霊に頼りすぎていたのかもしれない。
《百発百中》や《千載一遇》は確かに力を貸してくれる。しかし、最終的には自分の力で打席に立ち、投げて守る。それが、真の“チームプレー”だと感じた。
「今日は、みんなで戦う」
俺はひとり心の中でつぶやいた。
“言霊”に頼るのではなく、チームの仲間として、グラウンドを駆け抜けよう。
試合開始のアナウンスが流れ、スタンドが一気に盛り上がった。
ファイターズ、南雲ウルフス。試合の火蓋が切られる。
* * *
試合が始まった。
南雲ウルフスの守備は完璧だった。
エースの沖村が投げると、打者がボールをヒットする瞬間がすでに定まっているかのように、全員が正確な位置に移動する。
俺たちの打席が回ってくると、沖村は微動だにせず、平常心で投球を繰り返した。
「速い、やっぱり速い……」
打者としての実力を持つ俺でも、その球速に圧倒される。
初球、二球目と連続して見逃し、三球目──速球。
反応するも空振り。あっという間にツーストライク。
──こいつが、俺たちの壁だ。
沖村の目が、グラウンドの向こうで俺を見据えている。
その目に何かが宿っているのは、確かだった。
(だめだ、焦るな)
内心では少し焦りが募っていたが、冷静にバットを構える。
ここで振るのか、見送るのか。それが試合の流れを決める。
──その瞬間、沖村が投げた球がまるでスローモーションのように見えた。
《千載一遇》──発動。
沖村の足元のわずかな変化、肩の力の入り具合、目線の動き。
すべてが目に入った。その情報を一瞬で読み取る。
バットが自然とボールの位置に持っていかれる。
──カキィン!
打球はライト方向へ。センターの選手が追いかけるが、届かない。
「走れ、走れ!」
俺は一塁を蹴り、二塁へと向かった。
気づけば足が軽く、ベースを飛び越える。
「セーフ!」
その瞬間、ファイターズのベンチが沸き上がった。
「ナイスバッティング!」
「よし、先制点いけるぞ!」
今度は、篠田と保科がランナーとして出塁し、チャンスが広がる。
──沖村に通用した。
いや、通用させた。
《千載一遇》が、今まさに“瞬間”を切り取った。
まさに、その打席が“チャンス”だった。
試合は、接戦のまま進んでいた。
4回裏。
俺たちは一度リードを奪ったものの、すぐに同点に追いつかれていた。
3対3。
いよいよ、試合が動く瞬間が近づいていた。
「みんな、集中して! 次のイニングで決めるぞ!」
監督の声が響く。
ベンチの中で誰もが気を引き締めている。
勝つために、やらなければならないことがすべてわかっているのに、それでも心の中で緊張が高まっていく。
そして──次の打席が回ってきた。
「たかし、次も頼むぞ」
蓮が言った。
俺は無言で頷き、バットを手にした。
沖村の速球は、今や完全に打者の手元に届く瞬間を見越して投げ込まれる。
そのために、俺もどうしても次に“全力”で行かないといけない。
──でも、もう一度、あの一打席のような打球を打てるだろうか?
バットを握りしめながら、俺は心の中で誓った。
「俺は、チームのために打つ」
「行ってこい!」
その一言が、耳元で響いた。
篠田の声だ。
今の俺には、仲間がいる。
ただのスキルだけじゃない、“自分の思い”がここにある。
バットを振りかぶった。
沖村の顔を見据える。
──来た!
速球が迫ってくる。
「今だ!」
タイミングを合わせて──
カキィィン!!
打球は鋭く飛び、センターに向かって伸びていく。
センターが猛然と追いかけるが、届かない。
「ホームイン! よし!」
ベンチが歓声を上げる。
俺は一塁を回り、二塁に突っ込んだ。
「走れ、たかし!」
その言葉に背中を押される。
センターがボールを拾っている間に、俺は三塁を回り、ホームへと向かって走った。
「セーフ!」
──4対3。
再びリードを奪った。
この瞬間、俺は強く実感した。
『チームのために』打ったということが、どれだけ大きな意味を持つのか。
ベンチで、保科がガッツポーズを決めていた。
篠田が笑顔で拍手している。
そして──監督が、静かに言った。
「よくやった、たかし」