表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2,走り去るタクシーとお嬢様学校の寮

 正直なところ、一人暮らしをして、ちゃんと生活出来る自信はまったくない。それで、渋々提案を受け入れたのだったが。

 

 

 

 いよいよ姉と別れて、見知らぬ他人ばかりの寮に入らなければならないのだと思うと、寂しさと不安で涙が止まらなくなった。出来ることならば、このままUターンして家に帰りたいくらいだ。

 

 だが、そうしている間にも、タクシーはゆるい坂を上って行く。黎明女子学院は、山の麓にある。

 

 通学生には、駅と学校を往復出来る路線バスがあるが、自宅が遠い生徒のために、学校に併設された寮があるのだ。

 

 

 やがてタクシーは、「清心寮」と書かれた門の前で停まった。二人を降ろしたタクシーは、坂道を下って行き、すぐに木立の向こうに見えなくなった。

 

 葉菜は、門の向こうにある建物を見上げる。

 

 お嬢様学校の寮だというから、なんとなく煉瓦造りの洋風の建物を思い浮かべていたのだが、それはどこの街角にもありそうな、ありふれた三階建てのビルだった。

 

「さあ、行きましょうか」


 姉に促され、入り口に向かって歩き出す。

 

 

 

 ガラスドアの入り口の脇にチャイムがあり、「御用の方は押してください」と書かれたプレートが貼られている。

 

 姉がボタンを押すと、すぐにインターホンから声が聞こえた。

 

「はい。どちら様ですか」


 姉が答える。

 

「今日からお世話になります、三丘葉菜ですが」


「ただいま参ります」



 三丘葉菜は私なのに、お姉ちゃんがそう名乗るのはおかしいよ。仏頂面をして、そんなことを考えていると、すぐに奥から、エプロンを着けた中年女性が現れた。

 

 ガラスのドアを開けるなり、彼女はにこやかに言う。

 

「まあ、ようこそいらっしゃいました。寮母の榎戸と申します。荷物は届いていますよ」


 姉が頭を下げながら言う。

 

「三丘と申します。よろしくお願いします」


 お姉ちゃんは、もうすぐ三丘じゃなくなるのに。またもそんなことを思っていると、姉がこちらを見て言った。

 

「あなたもご挨拶しなさい」


 それで葉菜は、仏頂面のまま頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」



 だが、榎戸は、相変わらずにこにこしながら言った。

 

「まあ、かわいらしい。きれいな髪ね」


 葉菜は、髪を長く伸ばしているのだ。校則では、肩より長い髪はゴムでまとめることになっているというが、今は学校ではないので下ろしたままだ。

 

 かわいらしいというのは、着ているワンピースのことだろうかと思う。姉が似合うと言ってくれるし、コーディネートの必要がなくて楽なので、葉菜はワンピースを好んで着ている。

 

 榎戸は、姉に目を移す。

 

「こちらはお姉さま? 美人姉妹ね」


「いえ、そんな」


 姉が、恥ずかしそうに首を横に振っている。榎戸という人は、ずいぶん調子がいいと葉菜は思う。

 

「それじゃ、さっそくご案内しましょうね」



 玄関を入ってすぐの、ガラスがはまった引き戸を開けて中を見せながら、榎戸が説明する。中は、いくつかテーブルが置かれた二十畳ほどの部屋だ。


「ここは談話室です。寮生同士で思い思いに話したりくつろいだり、何かの会議をするときにも使われます」


 確認するように、姉と葉菜の顔を見て笑いかけてから、榎戸は引き戸を閉めて、廊下を先に進む。

 

 

 さっきと同じくらいの広さの部屋に、こちらは長テーブルが並び、奥にカウンターとキッチンが見える。今度は一緒に中まで入った。

 

「ここは食堂です。食事は、私とパートの女性で作っていて、基本的に、平日は朝晩、休日は昼食も出します」


 姉が、葉菜を見て言う。

 

「手作りのご飯が食べられるのはいいわね」


「お口に合うといいですけど」


 姉と榎戸は微笑み合っているが、葉菜は黙ったまま、二人を横目で見る。姉の料理が食べられなくなるのは悲しいし、そんなことよりも……。

 

 

 

 榎戸が言った。

 

「さて、今日から暮らすお部屋に参りましょうか」


 ああ、ついに来た。葉菜はうなだれて、食堂を出る二人の後に続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ