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4.悪役令嬢、コラボ配信する

夜空の片隅からこんばんは。子羊ちゃんたち、今日もいい子にしてたかしら?

「あっ……わわっ……ご、ごめんなさい!」

 とにかく私は咄嗟に床に膝をついて、勢いよく頭を下げた。


「なぜセレノア様が謝るんです?」

 穏やかで朗らかな声が降ってくる。


 顔を上げると、ふっくらとした手が目の前に差し伸べられていた。


「だ、だ、だ……って、私が展開変えちゃったから……! 報復? 復讐……にきたのかと――」


「違いますよぅ。イヴェイン様と婚約解消したので、そのご報告を兼ねて遊びにきちゃいました」

 キランと星が飛びそうな勢いでかわいらしく片目をつぶったエマは、ボストンバッグのようなものを掲げてみせた。


「や、やっぱり怒って――」


「私、他に推してるキャラがいるので!」

 エマは私のセリフを遮った。


「ですから、婚約解消されて実はホッとしているんです」


「そ、それって……もしかして、あなたも、転生者……ってコト?」


「正解です!」

 にこにこと笑いながらエマは私の手を取り、そっと立ちあがらせてくれる。


「そ、そうだったのね……。でも、どうやってここにまで?」

 私の住む領地は、王都から馬車で5日ほどかかる所にある上に、いきなり彼女がこの部屋の前に現れる理屈がわからない。


「ヒロインの特権と言えばいいんでしょうか? 秘技・場面転換です!」

 エマは、腰に両手を添えて、えっへんと得意げに胸を張ってみせた。


 たしかにゲーム内では移動のシーンなんてない。いつの間にか別の場面にいるのが、ヒロインというものだ。


「一日に一回しか使えないみたいですけどね、行きたい所を念じるだけでいいんですよ」

 エマは肩をすくめる。


「さすがヒロイン……チート過ぎる……」


「セレノア様はあそこで別行動をとった。その後登場した『Vtuberシエルノワール』。この世界にVtuberやスパチャなんて概念はありませんでしたからね。すぐにセレノア様とシエルノワール様が同一人物だって気づきましたよ」


「こ、このことは――」


「誰にも言ってませんから、安心してください」

 顔色の悪い私を安心させるように、エマは自分の胸をポンと叩いてみせた。


「イヴェイン様のお心は今、一人の女性のことでいっぱいだそうですよ。名前はおっしゃらなかったけれど、それはセレノア様がよくご存じなのではありませんか?」

 エマはあっけらかんと言い放った。


「あの方、大切にされていた蒐集物(コレクション)の古代精霊研究の蔵書を一式売却したんです。そのお金は何に使っているんでしょうねえ?」

 エマはこちらの顔を覗き込んでくる。


「スパチャ……」

 私はぽつりと呟いた。


「あの高額スパチャ、どうやって捻出しているのか気になっていたけど……そういうことだったの……?」

 国庫からではなくて少し安心した。さすがに公私混同の線引きはできているようだ。


「この間、コメントで会いたいって書かれてたのに、どうして断っちゃったんですか?」


「だって無理だもの。私は『悪役令嬢』よ。今までさんざん勝手なことをしてきたんだから……正体が知られたら幻滅されるだけ」

 そうだ。実はセレノアだと名乗り出ても、お互いに気まずいだけ。


「そうですかねぇ……?」


「もういいの。私はシエルノワールとして、生きていくと決めたんだから。それより、その荷物はなんなの?」

 彼女の持っている大きなバッグに目を落として、私は首をかしげる。


「実は私も最近『黒猫リリン』として配信活動始めたんですけど、リスナーが増えなくて悩んでたんです。だから……ノワたんとコラボさせてもらえません?」

 エマはきらきらと目を輝かせてバッグからミロワール・ヴィヴィアンを取り出すと、前のめりに提案してきた。


 こっちが本当の訪問理由らしい。

 報復とか()()()展開じゃなくて心底ほっとした。


「じゃあ早速、今夜の配信の打ち合わせでもする?」


 それから私たちは二人でコラボ配信を行ったり、前世の話題で盛り上がったり、すっかり意気投合したのだった。


 顔を見たいというリクエストをお断りしてからも、ポンコツ紳士さんからの相談や高額スパチャは続いていた。


 ゲーム内のイヴェインの性格は『一途』という設定がある。けれど、いくらなんでも画面の向こうのキャラに沼るとは思わなかった。


《ノワたん。自分は間違っていたのかもしれません。大切なものを見失っていた気がするのです。けれど今さら戻っても、あの人には嫌われているかもしれない》

 コメント欄では声は出ないけれど、なんとなくポンコツ紳士さんが落ち込んでいるような空気が伝わってきた。


 ――あの人って誰?

 セレノアのことだろうか、エマのことだろうか、それとも知らない誰か?


 胸がざわざわと落ち着かなくなる。もうセレノアとしての人生は終わったというのに。


「間違っていたかどうかは、わからない。でも――」

 シエルノワールとしての私は、何も知らないふりをして答える。


「『ごめん』も『ありがとう』も、言葉にしなければ届かないわ。だから嫌われるのが怖くても、伝えなきゃ」

 その瞬間、ポンコツ紳士さんから、また高額のスパチャが届いた。


《ありがとうございます。やっぱり……ノワたんの言葉は魔法みたいですね》

 彼のコメントに続けて、他の視聴者も一斉に賛辞とスパチャを送ってくる。


 ちなみに私は、集まったスパチャを利用して、イヴェインが売却したという蔵書をこっそり買い戻していた。


 近いうち、エマに頼んで王宮に届けてもらおうと思う。


 そんなこんなで、今夜も時計の針が25時を指した。


「夜空の片隅からこんばんは。子羊ちゃんたち、今日もいい子にしてたかしら?」

 画面の中では、シエルノワールのアバターが柔らかな笑みを浮かべている。


「今夜も黒猫のリリンが遊びに来ているわ」


「こんばんにゃ~、リリンにゃす!」


 そうやってエマとともにリスナーからの悩み相談に答えていると、スパチャと共にコメントが一つ送られてきた。


《今度、王都で開かれるチャリティバザーの様子をシエルノワール様に生配信していただけませんか?》

 子羊の名前は『グランデルの庭』さん。これは前世のインターネット社会でいう『名無し』さんと同じ意味だ。


「チャリティーバザーの生配信……?」

 私は思わず目を丸くして、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

本日もお読みいただき、ありがとうございます。

次話は明日の朝更新です。

よかったら、ブクマ、評価よろしくお願いいたします!

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