1.悪役令嬢、Vtuberになる
深夜25時――。
夜空の片隅からこんばんは。私、シエルノワール。よろしくね。
「顔も見たくない。今日限りでおまえとの婚約を破棄する!」
イヴェイン王子は眉を吊り上げ、私に冷たい言葉を投げつけた。
その瞬間、すべてを理解する。
――あ、これゲームでやったところだ!
ただし、王子の隣で不安そうにこちらを見ているのがヒロインのエマで、私の立場は『悪役令嬢』のセレノア。
――(展開が)読める……読めるぞ!
セレノアは、この後ブチ切れてエマに魔法で攻撃しようとして阻止され、その罪で処刑されるのだ。
――やっててよかった、乙女ゲーム!
なぜだかわからないけど、頭の中に流れ込んでくる膨大な記憶が、今までの人生を塗り替えていく、いや日本人として生きていた前世と融合していくといった方が正しいだろうか。
とにかく破滅エンドを回避するには、身を引く一択しかないことは理解した。
「かしこまりました。今までお世話になりました!」
私は深々と頭を下げると一目散に王宮を、そして王都を去る。
邪魔者はいなくなるから、イヴェインもエマもお幸せにね!
「領地に引きこもりますわよ~!」
表舞台から退場すれば、そのうちセレノアのことを思い出す人はいなくなるだろう。
あと、この悪役令嬢特有(?)の口調も直したい。
領地に戻った私は、最低限の食事と風呂の時だけ自室を出ることにした。それ以外の時間はずっと引きこもり。
両親は「かわいそうなセレノア。婚約破棄されて落ち込んでいるんだ、しばらくそっとしておいてあげよう」と言ってくれた。使用人たちも異を唱えなかった。これはもともと彼女が高飛車な態度で彼らを従えていたからで、黙って仕えてくれたお詫びに、これからは少しずつ恩を返していこうと思う。
「それにしても、このままだと一生独身無職ね……」
何もしなくていいのは楽だが、それも両親が元気でいるからこそできることだ。二人に迷惑がかからないように、せめて自身の生活費くらいは稼ぎたい。
けれども、今まで社交界で好き勝手してきた『セレノア』の印象は最悪だ。働かせてくれとのこのこ出向いていっても、雇ってくれる所などないだろう。
「顔も名前も変えてみようかしら?」
そこで私はあることを思いついた。
机の引き出しを開け、10インチほどの大きさの薄い板のようなものを取り出す。
「やっぱりあったわ、『ミロワール・ヴィヴィアン』」
それは魔導具で、前世でいう『タブレット』のようなものだ。
魔力が電力代わりになっているので、一般家庭にはあまり流通はしていない。主に魔法が使える貴族家庭や公共の場に置いてあり、ここで日々の生活に役立つニュースを得ることができるのだ。
ゲーム内でもこれを使って情報を読んだり、書き込みができたりヒロインのサポートに役立っていたものだった。
「『セレノア』は魔力が高いから、きっとこの中にも干渉できるはず」
私は髪をリボンでまとめ、顔を面紗と魔力のエフェクトで加工する。声も魔法で変調した。
それからミロワール・ヴィヴィアンに魔力を込めて、新しいチャンネルを開設する。
「人が少ない時間帯がいいかしらね……チャンネル名は『星結びの茶会』で、アバターの名前は……」
前世では応援する側だったけど、一度やってみたかった――Vtuberに私はなる!
そして、深夜25時がやってきた。
「夜空の片隅からこんばんは。私、シエルノワール。よろしくね」
薔薇色の唇から紡がれるのは、蜂蜜みたいに甘い声。
光る画面に映し出されている女の子は、銀の星々を模した髪飾りを散らした群青の長い髪に、雪のように白い肌をしている。淡い紫色の瞳はおっとりとした眼差しで、猫目の私とは正反対だ。
衣装は魔女っぽいローブとドレスを混ぜたもの。動くたびに星屑のエフェクトがキラキラと輝く仕様だ。
『セレノア』は赤毛で金の瞳をしているので、これなら誰にも気づかれないはず。
画面内で動くかわいらしいアバターが、私の動きに合わせて、笑顔になったり、困った顔をしたりする。
少し時間が経つと、ぽつぽつとリスナーがチャンネル内に入室してきた。
「ちゃんと配信できてる? 私の声、聞こえてますか?」
そう尋ねると、コメント欄から《聞こえてますー》《かわいい!》《こんばんは》《どしたん話聞こか?》とぽつぽつ文字が書き込まれる。
「初めまして、眠れない子羊ちゃんたち」
コメントを読みながら、私は目を細めた。
「ここは、ただ夜に言葉を紡ぐだけの場所。もし、昼間の生活に疲れてしまったら、誰かに話したいことがあったら……この『星結びの茶会』の扉を叩いてちょうだい。私とお話しましょう」
そう言って私は自室にある本を朗読してみたり、リスナーのコメント欄にある質問にできるだけ答えたりする。
今までの『セレノア』は、自身の言葉で、行動で、人を傷つけてきた。だから、これからは『シエルノワール』の言葉で、笑顔で、誰かに寄り添いたい、そう思ったのだ。
小一時間ほどだったが、配信の終わりに、何人かから送られてきた『魔法通貨』が端末に表示された時、私は本気で目を見張った。
スパチャとはスーパーチャットの略称で、いわゆる投げ銭のこと。自分が応援したい相手に好きな金額を入力して送ると、その人の収入になるというわけ。
「わ……予想よりも多いわ! これなら、引きこもったままでも大丈夫そうね」
誰もセレノアだとは気づいていないようで安心する。
これから私は、Vtuber『シエルノワール』として生きていく!
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次話はお昼に公開です♪