第4話 行動開始
本日のミッション
・魔術の習得
・情報の入手
・金銭の工面
…
「ま、こんなとこか」
竜騎との試合のあと、俺は自室に戻って、これからの予定について考えていた。
予定というのはもちろん、ここからの脱出だ。
ここにいて竜騎を守っても、おそらく守りきれない。
問題は魔王とやらだけではないのだ。
魔王とやらを倒したとしても、政治的問題に発展し革命が起こらないとも限らない。
腹に一物を持っているやからが多すぎる。軽く調べただけで5派はあった。このままなら確実に誰かが裏切るだろう。
それは魔王よりも恐ろしいことだ。
たった数パーセントしかなくても、竜騎にとっての脅威は排除しなければならない。
その脅威が死へと繋がるなら、なおさら。
後顧の憂いを絶つために、俺は一度、外へ出る。
状況を大局的に見ることのできる場所へ。
そのためには俺自身が力をつけなければいけない。
魔術なんて馬鹿げた力がある以上、元の世界の力は信じれない。
ならば俺自身が魔術を知り、得ることが求められるのだが…独学では無理だった。
王宮にあった図書室に行き、魔術関連の本を探し出した。
…ここでも白い目で見られるということは色々と広がっているらしい。
──勇者の友人が、勇者と不和を起こしている。
──元より勇者の友人とは思えなかった。
──彼は、実は魔王よりの人間である。
…最後はまったくのでたらめだが。
たぶんこれは俺を処分するための、あちら側の布石。
ただ曲がりなりにも勇者の友人。簡単に処分はできないだろう。
そして準備が整う頃には…俺はいない。
だから今、優先すべきは魔術。いや…こちらでは魔法という名が一般的だったっけ。
理論などの面は理解できた。だが、実際に行使するとなると話は別になる。
よって俺が探すべきなのは魔法の師。
ちょうど…というか一人だけいる。一人しかいないとも言う。
その人物を探しているのだが……っと、居た居た。
「ロイド」
たった一人…つまりロイド。
宮廷魔法士というから実力は十分。取引に持ち込めるぐらいには頭も回る。
いわゆる適任というやつだ。
「おぬしか…ちょうどいい。わしも聞きたいことがあった」
そう言って背を見せる。
(ついてこい…ってか? 雰囲気が変わってるっつうことは…少なからず俺の行動を推測できてる…か)
話かけてから少しばかりの距離を歩き、小部屋に入る。
「…ふぅ」
ロイドが溜め息を…いや今のは溜め息ではなく呼吸法。
魔法書にもあったな…確か呼吸によって大気に存在する魔力を使用できる体質を持つ者がいるって…ある意味反則だよな。使用者を選ぶ永久機関…か。
その分デメリットもあるんだがな。
「結界か?」
「うむ…なにやら込み入った話のようじゃからの」
込み入った話をしたがってるのはじいさんの方だろ?
とツッコミたかったが心の中だけで済ました。
いくらなんでも長々と話はできない。
「それで何の用じゃ?」
じいさんもそれは分かっているようで、早速話を切り出した。
「魔法を教えて欲しい」
「何故かの?わざわざわしに言わんでも、これから訓練が始まるじゃろ?」
「…今更な話は止めよう。今は時間が惜しい。それは理解しているだろ?」
下らない腹の探り合いになりそうだったので、言葉を返した。
案の定ロイドは沈黙し、溜め息をつく。
「そう、じゃな。今のおぬしの立場は危うい。それこそ、いつ殺されようと不思議ではない」
そうなのだ。いくら可能性は低いといっても、無いわけではない。
事実、監視が常についている。
…だから今は急いでいる。長時間監視をまいている状態は、あちら側に危機感を持たせ、無理な計画が実行される恐れがある。
「基本的なことを教えてくれれば十分だ。一時間もかからせない」
というのも実際の魔法を見たことがないからだ。
召喚の際のあれは参考にはならない。
それがロイドにわざわざ頼む理由の一つ。
もう一つはあちら側に俺が力を欲していることを知られないためだ。
「わしになんの得がある?」
それら諸々の事情を理解していると思っていたが、急に損得勘定するとは意外だった。
…本性はそっちか。
「大事な姫様を守る情報」
ならこちらも本性を現すだけだ。
現にロイドの表情が…いや、空気が変わった。
「リーシャを…?どういうことじゃ」
「そのままの意味だよ。姫さんが危ないっつう意味だ。」
「なっ…ありえん!リーシャを狙う輩などおりゃせん!」
「居るんだよ。それも…貴族の中に」
「なにっ…」
断言する俺に、少し怯み勢いがなくなる。
やはり影といっても所詮は貴族。人間のいかれた面を知らない。
「姫さんは政治的にも、能力的にも重要なカードだ。だからこそ、宰相側には邪魔だ」
ある意味当然の帰結。
政治的には王女としての知名度。
能力的には恵まれた魔力…より正確には、勇者を唯一帰せる存在。
魔法を調べる際、召喚について調べた。
召喚―――
空間に穴を開け、対象をその名の通り、喚び出す魔法。
空間魔法は多大な魔力が消費されることに加え、対象を指定することの難しさが、召喚を困難とする由縁である。
対象を喚び出す際には対象との契約が不可欠となる……
となると、俺らが喚び出された際の召喚はおかしい。
なぜなら俺は契約なんてものをしていない(竜騎の場合、知らずのうちに契約をしている可能性がある。女の子が関わればなおさらだ)。
だとすると、空間魔法という点が気になる。
空間を操れるなら、座標も決められるだろう。
その推測を元に考えた結果。
それが…
「王家は、代々特別な契約を、才能ある子に継がせているんじゃないか?だからわざわざあんたが補佐で、姫さんが召喚をしてんじゃないか?」
「っ……」
ロイドの反応を見る限り事実だろう。
しかし勇者側に教えるわけにもいかない。
そんなことをすれば、帰れると教えてしまえば…帰ってしまう。
そう言いたいのだろう。
だが、それは大きすぎる勘違いだ。
「あのなぁ…信じられないのも分かるが竜騎に話しても問題ないぞ?あいつはそこまで無責任じゃねぇ」
それが事実。あいつは無責任じゃない。
むしろあいつは背負いすぎるたちだ。
自分の限界を超えた量を背負い、潰れてしまうような。
しかも厄介なことに一度背負ったものは投げ出さない。
だから俺は背負わせないように動かなきゃならない。
…本人に気付かれないようにしながら。
「ま、俺の方でそっちはなんとかしてやるから。その代わりに魔法を教えてくれっつうんだ」
色々と逸れまくったが、要約するとそういうことになる。
「そ…うか。わかった。そうしよう」
ロイドは納得のいかないような表情だったが了承した。
俺の言うことを鵜呑みにはできず、といって無視することもできない。
可能性としては五分五分、ならば少しでも危険の少ない、より安全な道をとる…そういうことで落ち着いたのだろう。
余談だが、リーシャに危険があることは事実だ。
ただそこまで本気のようではなく、精々が牽制で、行き過ぎたとしても裏工作さえさせない(できない)ようにしてやれば、安全は保証される。
そもそもそれを提案したのは隠密が得意なだけの三流貴族のようだったし、偶然に見せかけて失敗させれば信頼は失墜するだろう。
それもすでに終わったから全ての問題は解決済みに近かった。
だからといってそれをわざわざロイドに話したりはしないが。
「あとは…城下町に行くか…」
ロイドに魔法の講師を依頼し、魔法の件はクリアした。
残るは情報と金。
情報は金が不可欠となると…やはり金が優先的だよな。
どうしようかは決まっている…正しくはいくつかの案がある。
ただ、どれもベストとはいえない。しかし、それしか選択肢が無い。
「ふぅー…」
だから溜め息が漏れたとしても仕方のないことだろう。
けれど仕方ないとは思わない者が居たようだった。「っりゃぁぁあああ!?」
それは俺の後方から跳んできたお姫様。
…のはずだったのだが
「おいおい、姫さんが跳び蹴りすんのはまずいんじゃねぇか?」
もはや姫といえる威厳は欠片も残っていなかった。
勢い余って転がった状態で反論してくる。
「そんなのいいもんっ!私は私だもん!」
……完っ壁に壊れたな!
やはり竜騎からは麻薬のようなものがでているのだろうか?例えば竜騎を命がけで守るような…そう、竜騎のことを優先的に考えるような……り、竜騎のためならなんでもできるような……………俺じゃん!??
や、ヤバい。なんだかんだ言って竜騎病(竜騎のことしか考えられなくなる病。無自覚な進行性有り、末期の場合治療は不可能)に一番かかってんのは俺か…? 俺なのか…?
ともかく、自覚できて良かった。
「リーシャ、ありがとう。お前のおかげで助かった」
「へ?」
背後から猛ダッシュ+跳び蹴りをした相手(未遂)に、まさかお礼を言われるとは思っても見なかったのだろう竜騎病患者は、ほんの少し正気を取り戻した。
…竜騎にあった瞬間再発するだろうが。
「それで?なにか俺に用か」
手を差し伸べながら当初の疑問を聞く。なんせいきなり跳び蹴りだから。…殺気が出るほどの。
「そうよっ!あなたに言いたいことがあったの!」
俺の手を叩き払いつつ立ち上がり、そう言った。
…どうでもいいがその口調はあれか、ツンデレを目指してるのか?
もちろんデレは竜騎でツンはその他。俺inその他=ツン。
「言いたいこと?」
はてさてなにかな?まったく身に覚えがな…
「そう。竜騎に謝りなさいよ!!」
…い訳でもなかった。
原因は確実にこの前の試合。
ルールがないとはいえ、あまりに勝ちにこだわった戦い。
そしてその後の俺と竜騎との不和。
おそらくそのとばっちりをリーシャが受けているのだろう。
「あなたがあんなことするから竜騎がっ…」
ほらやっぱり。
というか少し呆れるな…あいつ、まったくもって成長していない。バレて困るのは俺だが、あいつの学習能力のなさにはほとほと呆れる。
…まぁ、その学習能力のなさのおかげで、色々あっても正義漢でいられてるんだがな…
「なんで俺がそんなことをしなきゃならない?」
少し良いことを思いついた俺は、挑発的にリーシャに言ってやる。
「なんでって…あなたそれでも竜騎の友達!?」
「…はっ、なにを言うかと思ったら……友達?誰があんな偽善者と?」
「なっ…んですって……!」
おいおい、キャラが本格的に崩れてんぞ?
だがこの性格ならちょうどよく挑発に乗ってくれる…好都合。
「俺があいつと居るのはただ便利だからだよ。あいつに惹かれてやってきた馬鹿共を、俺が回収するってだけさ。金も、女もな」
そんなことは断固としてない。完璧に100パーセントの嘘だ。
そもそも俺は金も女も必要としていない。いらないとまでは言わないが、俺の人生、面白ければ、楽しければ良いと思っているのは本心だ。
だけどこれは誰にも……竜騎にすら言ってない。
それは俺のポリシーによる。本心は話さない。誰にも言わない。
なぜなら俺は、言えば嘘のように聞こえてしまうから。思ってしまうから。
我ながらひねくれてると笑ってしまう。
だけどこんな俺が一番、俺が好きなんだ。……ナルシストではない。
ただ本当の俺を知っているのは、俺だけでいいと思ってるだけ。
わざわざお友達も、彼女も、大切な家族もいらない。俺は俺らしい俺だけで十二分。
あいつが偽善者なら俺は独善者。
不撓不屈。俺は誰にも従わない。俺自身にも。
俺が俺に従ってれば、竜騎との縁はとっくに切れてる。
だから……俺は俺らしく。
たとえそれが、これからすることが、どれだけ竜騎を傷付けるとしても。
……俺は、俺らしく。
「そうだなぁ……竜騎、いや、あいつと別れて欲しいってなら、お前がその代わりになるか?」
「ッ!?……どういう、こと?」
衝撃的な内容にも関わらず、声を荒げないのは竜騎と俺が離れるというエサのためか。
…そもそも意味を分かっていないためか。……ありえる。
「わからねーか?俺はこう言ってんだよ。お前次第だ、ってな」
念のためわざと表現をぼかす。分かっていなかった場合、疑問点がまだ残るように。
「……それで、なにすればいいの?」
はい、分かってませんでしたー。やっぱ深窓の箱入り娘と現代の女子高生じゃあ知識が違う違う。インターネットやテレビとかいう情報端末を考慮しても初だとわかりますよ~。
……はぁ。大丈夫かこの子。知らない大人について行っておそわれないのか?
だいたい、俺に直接言いにくるのがおかしい。
陰口っていう行為を知らないのかなー……
内心疲れ+呆れながらも演技は続ける。無知の箱入り娘を騙したところで、生まれるのは罪悪感ではなく利益だ。
心が痛んだことなど、生まれてこの方ない。
「言ったろうが。俺は金と女があるからあいつの隣に立ってると」「えっ……じゃあ……」
ようやく気づいたようだった。その証拠にリーシャの顔は蒼白で、体の方も、小さくはあるが確かに震えている。
「俺としちゃあどっちでもいいがな。……あぁそうだ。なんなら」
言葉をつなげつつ、
「お前が相手、してくれるのか?」
リーシャの髪に手を近づけていく。
さすがに初な子にいきなり手は出さない。というか、出せない。
ここで叫ばれてしまったら、それだけでジ・エンド。
恐怖を与えてはならないが、怯えさせなければ、大金は絞り出せないだろう。
「ひっ……ぃゃ……お金……出す……許し、て……」
……やりすぎか?
心は不思議なほど動かないが、このあと父親か竜騎のところにでも駆け込まれたら、少し面倒だった。
前者なら最悪打ち首、後者ならおそらく一生、竜騎の前には出られない。竜騎自身が壊れる可能性もないわけじゃない。
なんたってあの竜騎だ。自分のせいでリーシャが酷い目にあったと思い、当然俺に怒りを覚える。だが、その犯人は、喧嘩中とはいえ、友達。怒るに怒れず、恨みに恨みきれない。
そうなった時、俺はそばでフォローできない。
……鬱憤を暴力にぶつけなきゃいいけどな…竜騎が力に溺れることはないだろうけど…罪悪感は、残るだろうな…
ま、俺が言えた義理じゃないか。
あの脅しという名のいじめの後、リーシャから金(どうやらお小遣いらしくそれほど多くはなかった…と思ったが実はそれは金貨で、日本円に換算すればおよそ百万近くあった。もはやお小遣いではない)を受け取り、ついでに口止めをしておいた。これで少なくとも俺がここにいる間に、ことが露呈する心配もないだろう。
……今思ったが脅しという名のいじめって余計に悪くなってるか…?
くだらないことを考えつつ、俺はロイドの部屋へと向かう。
先のいじめから1時間ほど経過している。理由は情報収集のために城下町へと下りていたからだ。
城下町は小さい割には人口が高く、道もそれほど広くないため監視は早々にまいた。当然、不自然じゃないように。
八百屋のおっちゃんおばちゃんとの世間話から優秀な情報屋まで、ありとあらゆる情報をかき集めた。これで当分は心配ないと思う。
残りはロイドに魔法を見せてもらい、なおかつロイドにも知られないように魔法を使えるようになるだけ。
時間があれば覚えるところから入っても良かったが……仕方がない。
ないものはない以上、脱走と自衛の魔法だけでも使えるようにならなければならない。
そこらへんの知識は既に本から得ているので、あとは感覚次第だ…
精神論は好きじゃないんだがな。
「来たか。早かったの?城下町に行くと言っておったから、もう少しばかりかかると思ったが」
歩く途中には今日のおさらいと明日の予定をまとめていた。
故に時感覚がなく、いつの間にかロイドの目の前に立っていた。
自分のおかしな行動が増えたことに苦笑しつつ、時間を惜しむ。
「まぁな。それほど魔法とやらを楽しみにしてたっつうことだ。さ、さっさと済ましちまおう。勇者の友人がいつまでも宮廷魔法士と話すことなんざないだろう?」
ここに来た建て前は『突然異世界に訪れ、どういうことか友人の勇者と試合をすることとなり、ついふざけて遊んでしまった。後悔はしているが、どうしても謝りにくいということで数少ない知り合いのロイドに相談する』というもの。
どこの三流劇かという陳腐な話だが、これは俺から提案したことだった。
誰一人として不利益を被らないための口裏合わせ。
建て前なくロイドを訪れることはもちろん、勇者との不和に触れないことも不自然極まりない。
ならばそれを解決するためにロイドの部屋を訪れる…という展開となれば、こうゆうストーリーができてしまうのも当然だった。
「ふむ。では始めようか」
――魔法
この世界における、最大の謎。
いつ生まれいつから広まったかも知れぬ、不可解な奇跡。
一説には、神が人間に与えた力なのだという。
魔法は使用者を選ばず、どんな者でも使えることができる。
しかし、どこまで使いこなせるかは才能次第であり、一口に才能と言っても魔力量・魔法属性・属性適合率・魔法耐性などの基礎的な魔才から、魔法に対する理解力・応用力などの学才、魔法に対する知覚力・干渉力などの体質まで様々である。
故に優秀な魔法使い、魔法士となる者は一つに優れた才能があるというより、むしろ多くの才能を持っているだけの場合が多い。
魔法の才能において最も伸ばしやすいのは魔才であり、学才である。
魔法士とは、つまり魔力を感じ、魔法を知ることができる者を言うのである……
「まずは……純粋な魔力じゃ」
そう言ってロイドから放たれる力。
それは…例えれば風のように動き、火のような威圧感に、水の中のように自由で、土のごとき確かさがある。
(これが……魔力。これが、万象かっ)
――魔法とは全てなり。
魔導書の一節に書いてあった言葉だ。
確かにこれは全てだ。そうとしか言いようが無い。
風火水土。それが魔法を始める者が学ぶもの。別名、派生魔法。
魔法を学ぶ者が目指す、最終目標への一歩。
「風」
ロイドの言葉通り、風が発生する。
伝わる魔力は先ほどの一部だ。
「火」
風が止み、火が手のひらに生まれる。
こちらにも熱気は届くというのに、ロイドが熱がる様子はない。おそらくこれが魔法耐性。
自分の魔法耐性以下ならば、なにもしなくとも耐えられる。
「水」
大気中から水分が集まる…のではなく、湿気はそのままで火のように生まれる。
…ということは、物質的に見える火や水は魔力でできているということか?
問題は次だ。
「土」
これだけは想像できない。ただ土が生まれるだけなのか…?
…
「おい」
「なんじゃ?」
少々疲れているようだった。
宮廷魔法士らしくはない。ロイドは魔力量は少ないのだろうか。
先ほどからのものはただの魔力制御。魔力を凝縮することで発生する副次的な現象。
…それよりも
「なにしてる。それとも土は苦手なのか?」
ロイドが土と言ってから何も起こらないのだ。
「いや、もうしたんじゃがな」
「はあ?」
何も見えなかったがな…見えない?
「今、なにが起きた?」
「土の特性は強化…といったところじゃな」
なるほど…
「身体強化か…」
身体強化。あるいは物体強化。
肉体を強化して筋力・体力を引き上げるか…もしくは自然治癒力も上げられるか…?
なかなか汎用性が高そうだな。
「わかったかの?」
「ん。ああ、なんとなく、な。ま、感覚はつかめた。助かったよ」
「リーシャの件…頼んだぞ?」
「ああ。わかってるよ」
ロイドの部屋から戻り、先ほどのことを思い出す。
魔力の存在はこの世界に来たときから…特に寝る前には強く感じていた。
元の世界でなら長距離を走っているときの高揚感…充足感。力が内側から溢れ出るような…そんな感覚。
ロイドの話によると魔力量を見ることができる者は一部の上級魔法士で、人の口から漏れ出る魔力で判別するらしい。
オーラみたいなのかと思っていたんだがな。違うことは幸運だった。
呼吸からしか判断できないならば、呼吸から漏らさなければいい。
元の世界で薄く長い息を吐く呼吸法がある。というより、作った。
無音呼吸もできる。1センチ前の炎を揺らさずに呼吸することも、10分無呼吸で保たせることもできた。
呼吸は運動の基本だ。より正確には、戦闘の基本。言葉通り息が合わなければ遅く弱くなる。
…そんなものがこんなところで役にたつとは思いもしなかったがな…遊びのつもりだったのに。
「ん」
よし、体中に魔力を巡らせることはできたっと。
「すぅ……はぁー…」
口から魔力が漏れるのを感じる。冬の吐息みたいだな…
まずは風。
魔力を集め、風の属性へと変換し、出現地点を定め、方向を決め、解放する。
…まぁこんなとこか。
少なめの魔力だったせいか変換効率が悪かったのか、そよ風ほどの風だった。
加減はこんなんでいいか…
さすがに力加減が分からない状況で火や水は使えないし、土では分からない。
それで風を使ったのだが、本命は土。身体強化が目的だ。それが使えれば脱走はかなり楽になる。
…魔力を全身に…
体中に力が巡り、
…魔力を土に…
力は体に宿り、
…土は…さらなる力に…
宿った力は増加を続ける。
「……ははっ…魔法さいこー…」
ここは城下町だ。
歩いてきたわけではない。
城の部屋からは一度門を通らなければならない。
では、なぜ城下町にいるか。
答えは単純。
まず部屋の窓を開けた。
当初の予定では身体強化で落下の衝撃をやわらげるだけだった。
だが現実は違った。
現実は厳しい?いや、この場合は違うだろう。
「いくらテンプレでも…これはないだろ…?」
窓際に足をかけ、一気に跳ぶ。
憶測では身体強化分で窓から5~6メートル先に跳び、着地。
しかしここから窓まで目測で200~300メートルはある。
「馬鹿げてる…」
そう呟いてしまうのも仕方がないと言いたい。
なぜ40~50倍の距離を飛べるのか。
文明を見る限りでは、魔法とはそこまで便利な存在ではないと思われている…ようだ。
だがそこは異世界補正。ただの一高校生を化け物に昇華させてしまう。
これで魔力の大半を使っていたならばぎりぎり納得できた。だが、何度確かめても減っている魔力はほんの少しなのだ。
1パーセントにも満たない。
「ま、結果オーライってことで……」
そう呟いて自分を納得させようとした。
けれど今日この時のために考えていた計画のほぼ全てが泡と帰すのを、ため息でごまかすしかなかった。
「は、は…は」
人々が寝静まった真夜中の暗闇で、人生に疲れたような笑い声が聞こえた。
連日更新を目指してました……学校で忙しいにもかかわらず。
とりあえず前言を撤回するつもりはありませんので……頑張ります。