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イチジクのジャム ウサギのカチャトーラ

昨日同様にジョギングに出かけようとするとグランマに呼びとめられる。

「華、アナタのジョグコースはどういうプランですカ?」


まだ2日目だし、カッチリと決めたコースはもちろんない。だが、これは何らかのお使いを頼まれるパターンだ。遠い場所でなければいいんだけど。

私はすでに超難題問題集(本人談)を広げて勉強している(フリをする)コー兄を軽く睨んだ。

コー兄がチラリと顔をあげフフンと笑った。




結局私はグランパグランマの両方の話によく出てくるホンダさんの家に寄ってくることとなった。

『魔女の家』からは1㎞…ゆっくり走って10分くらいだろうか。これくらいならダイジョーブか。

例によって土手沿いから小川を見ながら走って行く。爽快だ。朝食のマーマレードたっぷりトーストやグランパ自家製のソーセージが消化されてカロリーオフになっていくような錯覚を覚える。


そういえば昨日の朝、この辺で口元のホクロが色っぽい『栞さん』と愛犬に会ったんだった。

『また会いたい』なんてつい言っちゃったけど、どう思ったかな。イタい子だと思われただろうか。

次に会ったときは…そうだな。近所だったらアフタヌーンティーに誘うというのはどうだろう。

グランマもコー兄も私がこの街で友達を作ったと知ったら、安心してくれるんじゃないかな。

何しろ二人にとって私は『いつまでも心の傷が癒えない華』なんだよね。もう大丈夫なのに…。


私はハアハアと息を荒くしながら自分のことを考える。

きっとコー兄もグランマも私が絵を描き始めたらもっと胸を撫で下ろすんだろうな。

そうなったら私は前を向いて新しい一歩を踏み出したように見えるのかも。でも無理だ。以前のように楽しく筆を握れる気が全然しない。母と似たタッチになったらと思うと寒気がする。


「ここが…ホンダさんち?」

教えられたとおりの道を行くと想像以上に立派な古民家があった。

息を整えながら『広い敷地にゆったり平屋というのが一番贅沢な造り(建築好きのコー兄談)』の屋敷前に立つ。

グランパにキャベツと麻雀の惨敗と数匹の鮎をもたらしたお家だ。


「あれれ?」

立派な造りの門の前でしばし立ち止まる私にかかったのは聞いたことのある声だった。

「えっと、…ハナさん?」


「シオリさん?なんで?」

犬と小さな弟を連れた美人さんが私の前に立っている。


「…ここ、私の家で」


リードを持った弟くんが嬉しそうに私を見た。

「…」


「コータ、ご挨拶は?」


シオリさんが背中を押すとコータくんがぺこりと頭を下げる。

「…おはよう…ざいます」

それから恥ずかしそうにシオリさんの後ろに隠れるけれど、子犬の方は家に入ろうとリードを引っ張った。


「コータ、ベルを連れてって」

シオリさんの声にコータくんは私にニコリと笑いかけた後、犬と門の中に入っていった。ベル…?どこかで。

それにしても和む。コータくん、可愛い。同じコーでもコースケよりずっと。

お姉ちゃんもいいけど、弟も欲しい。


「コータがちゃんと挨拶したり笑ったり出来る人はなかなかいないんですけど」

シオリさんは少し驚いているようだ。


「お帰り、シオリ」

中から声がして優しそうなオバさんが顔を出した。


「あっ…ただいま。お母さん」


「あら?こちらは…?」


私は少しだけ背筋を伸ばす。

「初めまして。あの…澤村の家のもので…」


ふくよかなオバさんがふくよかな笑顔で手招きする。

「ああ、あなたが華さん?聞いてますよ。縁側にあるから持っていって」


つまり私が今日お使いを頼まれたのは美人のシオリちゃんのお家だったという偶然の一席だ。




ナップサックに一杯のイチジクを背負って、私はまた誉田さん(この字だったんだ。今日初めて知った)の門前に立った。

これが次のジャムになるのだろうか。イチジクか…なんだっけ、何か思い出しそうな。


「大丈夫?手伝う?」

オバさんが私の背中を見るけれど、それほどでもない。


「大丈夫です。これくらいなら」

私はニコリと笑って見せた。


「華ちゃんは今、どんな絵を描いてるの?」


オバさんの言葉に私はちょっとヒヤリとした。

「えっ…?」


「何度か澤村さんちであなたの絵を見たわ。いつか一枚描いて貰いたいと思っててね」


「…」

もちろん誉田さんは何も知らない。今私は褒められているんだ。


「あなたのお婆ちゃんが自慢してね、『いいでしょう』って。すごいわね、小学生とか中学生が描くような絵じゃ」


「お母さん、いきなり失礼よ」

シオリさんが止めてくれた。彼女は私の表情から何か危ういものを感じたのかもしれない。


「そうだ」

私は話を変えて、シオリさんを家に誘った。

「一度グランマのクッキーをご馳走する約束だったでしょ」


シオリさんが眼を瞬かせた。

「うん?…そういえばそんなことも」


「今日のアフタヌーンティー、我が家でどうですか?」


「そんな、突然。お邪魔でしょう」


私はもう一度誘った。

「大丈夫。グランマもコー兄も、…祖母も兄も歓迎すると思います」


シオリさんが笑う。

「華さんのお婆ちゃん、素敵な人ですよね。…お邪魔していいかな?」


シオリさん、コー兄の話はスルーだった。コー兄はそういえば目元とか口元のホクロに弱いらしい。

『僕は泣きぼくろとか何かそういうホクロの女性に弱いのだ』

そう言っていた。なんでそういう妙な性癖を妹に話すかね。そういうところがあるのだ、あのヒトは。







お使いのイチジクをどっさり背負って戻ると、その日のお昼は『兎のカチャトーラ』とガーリックトースト、それに山盛りのコールスローサラダが作られていた。

カチャトーラというのは『猟師風』という意味合いで一般的に鶏肉のトマト煮込みのことを指すらしいが、この兎肉の食べ応えは格別だった。

鶏肉によく似ているけれど、それより風味は野性的というか独特の味わいがありつつも上品で柔らかかった。つまりまあ、すんごく美味かった。


この香りのいい兎肉をニンニクやハーブとともに煮込んだカチャトーラ、それにガーリックバターたっぷりのバゲットを一緒に頬張れば、例によって箸が止まらない。箸使ってないけど。

私もコー兄もバクバクとおかわりをしてしまった。今朝のジョギングなど焼け石に水という感じだ。

近いうちに街のプールで泳ごうと決意した。


「グランマ、このコールスローもお替わりしていい?」

コー兄はカチャトーラの鍋が空になると3杯目のサラダをねだる。

そう、このコールスローもいけないのだ。

一昨日誉田さんからもらったキャベツがまだ余っているということで、グランマが大ぶりにザクザク刻んで自家製のマヨとレモンビネガーで和えたこのサラダを食べると口の中がスッキリして、それまでの動物性タンパクや炭水化物はすべてチャラになった気がする。


「お替わりですか、コースケ。明日の朝の庭掃除当番はあなたでいいデスか?」

グランマがまたボウルに大盛りにコールスローをよそいながら、ニヤニヤする。


「なぜ、この家の女性は受験生に家事を押しつけようとするんだ」

恨めしそうな表情を浮かべながらも、コー兄がボウルを受け取った。弱っ!





お昼ご飯をたっぷり食べたコー兄が重そうな身体を引きずりつつ、自転車で乗馬クラブに出かけた。

これで3時過ぎには『3時のおやつは何ですか~っ』とか言いながら帰ってくるのだから、彼の胃袋はどうなっているのだろうか。

私のスイミングについては明日以降に頑張るぞ、と心に言い聞かせ本日は例によってハンモックで読書だ。いい加減この文庫本も先に進めねば。


ところがどうしたことだろう。数ページも進まないうちに私はうつらうつらとハンモックでユラユラしていた。ハンモックだからユラユラするのは当たり前だけど。


「華!…華っ!」

グランマがハンモックを揺すって起こした。

「本を開いたままお腹に置かないでくだサイ」


「ううう…ごめんなさい。また寝ちゃった」


グランマがハンモック上でまだ身体をだらりとさせている私に苦笑する。

「華、ジャムを作るの手伝ってくだサイ」


「ジャム?」

私はノロノロとハンモックから立ち上がろうとして、ずっこけそうになってグランマにもたれかかった。


「おやおや、ダイジョウブですか?」

グランマは私の肩を抱きしめる。

「まだまだ細い…デスね。もっと食べさせナイと」


「全然大丈夫、細くなんか…あっ!そうだ。」

すっかり忘れていた。シオリさんをアフタヌーンティーに招待していたのだった。

「グランマ、イチジクのジャム、今日のお茶に間に合うかな?」


「今からやれば、3時までには冷えるデショ。どうかしまシタか?」

グランマは何か察したのか、すでにペティナイフやザルを準備しながら私に質問した。


「お友達をアフタヌーンティーに招いたんだ。勝手にごめんなさい」


グランマはパッと笑顔になってイチジクを並べ始める。

「任せなさい。ジャムを作ってスコーンにのせて食べマショウ。美味しいデスよ」

やっぱり私が身内以外と触れあうと安心するのかな。





「すみません。ホントに突然図々しくお呼ばれに…」

恐縮するシオリさんのカップにグランマがニコニコと紅茶を注ぐ。

湯気と香りがフワリと漂い、穏やかな気持ちになる。


「いいのデスよ。お茶は沢山の女の子と一緒に飲むのがいいデスよネ」

『女の子』のうちにもちろん自分も含めてグランマはティーカップを置いた。


ジャムは3時にギリギリ間に合った。いや、間に合わなかった。

蜂蜜に漬けて1時間置き、アクを取りながら30分ほど煮詰めてから冷ます。

意外と下ごしらえに時間がかかり、シオリさんが訪ねて来たときにはまだ温かい状態だったので、しばらく紅茶を飲んで世間話をしていたのだった。


庭にいる兎のことをまずシオリさんが話題にした。

「可愛いですよねえ、あの兎たち。フワフワで口元をモグモグしてて。ウフフ」

私とグランマはちょっと微妙な顔になってしまう。

グランマは兎たち9匹の名前を教えてあげたが、この間ベルが食用になったことは言わなかった。


それからシオリさんが高校1年生で私よりふたつ歳上であること、やっぱりお姉ちゃんだ。

そして小2の弟さんも今日来たがったけれど、お母さんから止められてちょっと愚図ったこと。


「一緒に来れば良かったのに」

あの可愛いコータくんの顔を私は思い浮かべてニヘラと笑う。


「また一緒に遊んであげてください。…不思議なんですが」

コータくんは極度の人見知りで、この間クッキーをグランマが子供達に配ったときもその輪に入れなかったらしい。それなのに…

「華さんにはちゃんと挨拶できたし、今日も一緒に行きたいって」


多分それは同類が判ったからだな。益々コータくんに好感を持ったよ。




そしてジャムが冷め、私たちがようやくスコーンに手を伸ばした頃、玄関先に賑やかな声が聞こえた。

「ただいまでーす!皆様のコースケくんが今帰還しました。若干アフタヌーンティーに遅れましたが、これも乗馬クラブでのモテモテ具合の現れでーす!」

シオリさんが眼を丸め、私とグランマは顔を見合わせて笑いを堪える。


「…おっ、マリー。ただいま。この間は君の親友のベルをごめんね。ベルくんは今日のお昼ご飯で美味しくいただいたからね!美味かったぞ!ワハハハ!」

こうやってあのヒトは美人との出会いチャンスでミスを繰り返すのだなあ。知らぬ事とはいえ。


横目で見るとシオリさんが眉をひそめている。

「ベル…?」

そうだった。ホンダさんとこの子犬ちゃんと同じ名前だ。コー兄、終わったね。




「いい匂いっ!スコーンだね!」

そう言いながらリビングのドアを開けたコー兄が固まる。

「だ、誰…?」


シオリさんが立ち上がった。

「お邪魔しています。あの…華さんに誘われてお茶を」


「コー兄、硬直してないでご挨拶でしょ」

私が注意して、グランマも吹き出す。


「あ、あの、あの、は、ハナの兄のこ、コースケ、コースケです。この度はその」


「お日柄もよろしく」

私がコー兄のセリフの後にくっつけると、シオリさんが朗らかに大笑いする。


「アハハ…ごめんなさい。笑ってしまって…お兄様がいるとは聞いていなくて」

よほど面白かったのかシオリさんは目尻に涙までうっすらと浮かべている。

ハンカチで抑えた口元のホクロが揺れていた。


コー兄はちょっと私を睨むと私の横に座った。

「いいえ、こちらこそスミマセン。お客さんがいるとは思わなかったので大声で」


「いつもの如く馬鹿なセリフを」

また私が続ける。


「仲がいいんですね」

シオリさんが私とコー兄を交互に見た。


その視線にコー兄はまたしても身体の動きをギクシャクさせて紅茶を一口啜る。

「うわっちっち!」

淹れ立てだからなあ、動揺しすぎじゃない?



イチジクのジャムはプツプツとした感触が心地よく、いつものことながらスコーンに合っている。私は紅茶との至福のマリアージュを本日も心ゆくまで楽しんだ。

ところが…コー兄はお替わりをしない。あの人間ディスポーザーがひとつモソモソと食べて、紅茶をスンと優雅な顔でチビチビ飲んでいる。出会いの時点でだいたいあなたのガサツさはバレているのに、何でまだ外面を繕えると思っているのかな。


「あの、さっきベルが美味かったって…」

『庭の兎ちゃんが可愛いですね』とか『うちのワンちゃんはベルっていう名前で』とか、そういう話題を経た後にシオリさんからそんな質問をされたコー兄はグッと言葉を詰まらせた。


私とグランマはまた顔を見合わせて笑いを堪えるのが大変だった。


それから私は『シーちゃん』、シオリさんは『ハナちゃん』とお互いを呼び合うことに決まり、私たちは次の日も一緒にお茶を飲む約束をした。

…なぜかコー兄がもれなくついてくることになって。クラブはどうした、コー兄。





翌日はコータくんも家に招待した。

最初はシオリさんの後ろで『こんにちは』と恥ずかしそうにしていたが、だんだんと慣れてきたのか、一緒にクッキーを食べ、紅茶を飲んだ。コータくんのは砂糖をたっぷり入れたミルクティーにして。


私とコータくんは急速に打ち解けた。

自然と私とコータくん、コー兄とシオリさんのペアでしばらく過ごす時間ができた。

私はコータくんと庭の兎を見たり、絵本を読んだりして一緒に過ごす。

ペンキ塗りで庭の燻製小屋はまあまあきれいになったけれど、真っ白で味気ないなとコータくんに言うとコータくんは『こんな広い真っ白壁があるんだから、アンパンマンとかワンピースとか描けば』とグランマが聞いたら卒倒しそうな案を出した。


話ができるようになるとコータくんは思った以上に好奇心が旺盛だと判明した。家のあちこちを見て回っては私に質問をする。

「ハナちゃん、ハンモックいいね」


「いいでしょ。私の特等席だけど、特別にコータくんにも使わせてあげよう」


「たくさん絵本がある。また読みに来ても…」


「もちろん!待ってるからいつでもおいで」



ちょっとだけ心が騒ぐことになったのはその後だった。

「ねえ、ハナちゃん。この絵は誰が描いたの?」

コータくんに廊下の絵を指さされて私は言葉に詰まった。


「ハナちゃん、僕もお絵かきすごく好き」


「…うん。そうなんだ」

2枚の絵から視線を外さないコータくんに何も言えない。


「こっちの水色の家の絵がすごく好き!ここに住みたいくらい!」


「…そうかぁ。…ありがとう」

私は妙な気持ちになってコータくんの顔を見下ろした。

自分が描いた絵だとは最後まで言えなかった。



私たち人見知り同士が打ち解けていったのに対して、リビングではコー兄がシオリさんにボソボソと話しかけている。これじゃ多分甘酸っぱい感じにはならないだろうな、と思っていたんだけど。


コー兄はグランパの書斎にあった図鑑を広げて見せていた。

「あのね、だから。このイスラム建築はね、あのパティオっつていって、その中庭にね」

…コー兄、それは女子高生が好む話題ではないと思うけどねぇ。コー兄にはそういうところがあるんだ。


「そうなんですか。このタイルも綺麗ですよね。アラベスクっていうのかな」

…えっ?


「そ、そうなんだ。見てみて!この写真はウズベキスタンにあるレギスタンなんだけど」

コー兄の声が俄然弾んだ。


まさかの意気投合?


私は…


何?この気持ちは?何だか私の胸に不安というか、変な苦しさが渦巻く。どういうこと?

私はコータくんと繋いでいた手を離して自分の胸をおさえた。







「ぐわし」


「はいはい」

何となく胸につかえるものをそのままにして、私はコー兄のベッド横クッションに自分の顎を置いた。


「なあ、華。どう思う?」


「何を?」

コー兄のどことなく浮かれた様子に少し苛立ちながら答える。

何で私は苛立っているのだろう。


「何だよ、シオリさんのことに決まってるだろ」


「いい人よ、私の友達なんだから当たり前でしょ」


「僕は女の人の目元とか口元のホクロに弱いんだ」


「…」


「シオリさんは僕のこと何か言ってなかったか。妹よ」


「どうなんでしょうね。知らない」


つれない反応はいつものことでも、より突き放したような物言いの私にコー兄は顔を顰めた。

「どうした?何かあったか?華」


「何もありません。明日はプールに行きますので早めに寝ます」

私は自分が何に苛立っているのかよくわからない。

カーテンを閉めてランプを消した。


カーテン越しにコー兄の声がした。

「ははあ、華。お前シオリさんに嫉妬してるな。ムヒヒ、俺って罪な男だ」


私はカーテンを乱暴に開けると、自分のベッドの側にあるクッションを3つ、コー兄に投げつけた。

「そんなわけナイじゃん!馬鹿っ!コー兄の馬鹿っ!」


「わっ!何だよ、いったい」

もう一度私はカーテンを乱暴に閉める。

「まだ言うことがあったのに…来週のこととか…」

暗闇に浮かぶ白いカーテンの向こうからコー兄がぶつぶつ言う呟きは聞こえたが、私はもちろん無視をして眼をつぶった。



私はどうしたのか。シオリさんを家に連れてきたのは自分だ。

そして多分コー兄を取られてやっかんでいる、という感情だって否定はしない。

でもそんな単純なことだけじゃないんだ。


私はイチジクのことを思い出した。

エデンの園に持ちこまれたイチジク…蛇の誘惑に負けてそれを口にしたアダムとイブが自分の姿を恥じて楽園から追放される物語。

この『魔女の館』は私にとっての楽園だった。自分をじっと見つめる勇気の無い私にとってのモラトリアムだったはずだ。

私は心地よく感じながらもどこかで変化を求めてしまった。だからシオリさんを家に連れて来たのかもしれない。


『本当に自分が好きなこと』を悟ったコー兄はもうじきここから出て行くのだろう。

そうしたら私もここから卒業せざるを得ない。

私は『自分の大切なモノ好きなモノ』を見失ったままなのに。


その夜、私はいつもよりも小さく丸まって眠った。




夢を見た。

シオリさんがまた家に来た。

帰ってきたコー兄が自然に座るのは、私の横でなくシオリさんの隣だ。


…シオリさんがいつの間にか『私のハンモック』でお昼寝をしている。

そこは私の場所だった筈なのに。

でも私は何も言葉を出すことができない。



わかっていたことだ。

私は楽園から追放されるのだ。



読んでいただきありがとうございます。

今回のラストは少しだけ暗いトーンにしてみました。

つまりそろそろ物語を閉じたい気持ちになったということで。

次回も週末に投稿できるよう頑張りますので、よろしければ続けておつきあいください。

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