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今更なマリッジブルー

「わかるわ。フィリングと一緒に食べるとろけたチーズも素敵だったけれど、これはサクッとしたパイ生地と一緒だからか、軽い口当たりでどんどん食べれてしまうの!」


「そうその、チーズを練りこんだ状態でパリッと焼き上げるのがなんとも難しくて……! 配合や大きさをいくつも試して、やっとのことでこの黄金比率に辿り着いたんだよ」


「素晴らしいわ、ディーン。革命的すぎて、早々におかわりが欲しくなってしまいそう」


「ほんと? まだまだあるからいっぱい食べて」


 興奮気味に語っていたディーンが、ぽやんと幸せそうに頬を緩める。

 そんなディーンが可愛らしくて(年上の男性に可愛らしいなんて変だろうけども)、私は微笑ましさににこにこしながらアップルパイを咀嚼していく。


「申し訳ございません、奥様」


 空になった私のティーカップに次の紅茶を注ぎながら、アネットが無念そうに眉根を寄せる。


「語り始めたお兄は、わたくしでも止められず……っ」


「あら、私も楽しいわよ? ディーンと話すの。むしろ、新しい発見に事欠かなくて感謝しているわ」


「奥様……っ、相も変わらずなんって慈悲深いお方……!」


「あ、そういえば」


 私ははたと気が付き、


「エレナはどうしてる? まだリックのところかしら」


 私が応接室に来た直後、「リック様と話がありますので、しばらくお側を離れます」と言われてから、戻ってきていない。


 時間がかかっている様を見るに、深刻な話なのかしら……。

 途端、アネットがショックを受けた顔をして、


「奥様! わたくしの紅茶ではお口に合いませんか!?」


「え? いえ、違うわアネット。アネットの紅茶はとても美味しいもの」


「なら! わたくしがお嫌いですか! わたくしは奥様を! こんなにも大好きですのに!」


「あら、嬉しい。私もアネットが大好きよ」


「……それじゃあ、ぎゅってしてくれます?」


 くすん、と涙目になりながら目元を拭うアネットに、私は「もちろん」と少し椅子を引いて両手を広げる。

 アネットは床に両膝をついて、「えへへ」と私に抱き着いてきた。


「奥様、だーいすき」


 猫ならばごろごろと喉を鳴らしていそうな甘えた声色に、私はそっと頭を撫でる。

 ふわふわの髪が心地いい。

 そんな私達の様子に、ディーンがあわあわと焦りを浮かべながら、


「アネット、奥様が困ってしまうよ」


「そんなことはないわ、ディーン。私もアネットが大好きだから、こうして甘えてくれるのは嬉しいの」


「ほらね。わたくしは奥様の可愛いメイドだから平気なの! 羨ましいんなら、お兄も可愛いメイドに生まれ変わることね」


「な!? あ、ああああアネット、奥様の前でなんてことを……っ」


 両手で顔を覆ってうろたえるディーンに、アネットが「ベー」と舌を出す。


「二人は本当に仲がいいのねえ」


 私と弟のテッドも仲が良いけれど、この二人からはまた違った仲の良さを感じる。

 ほっこりと呟いてから、私はアネットへと視線を落とし、


「エレナがリックと話をすると出ていってから、なかなか戻ってこないの。深刻な話なのかと心配になってしまって。ほら、私ってしょっちゅう問題を起こしてしまうでしょ?」


「ああ、それでしたら」


 アネットはけろりとして、


「時間もかかるはずです。旦那様のご帰宅時の打ち合わせにくわえて、挙式やドレスの手配などについても話し合っているはずですから」


「きょ、挙式!?」


「はい! 奥様はどんなドレスがお好みですか? 旦那様のお好みもあるでしょうけれど、やっぱりここは奥様が着たいものを選ぶべきだと思うのです。スレンダーな体系を活かしたキラキラいっぱいでシャープな形も絶対お似合いになりますでしょうし、ふわふわケーキのようなレースたっぷりな形も、奥様の雰囲気と合わさってとっても愛らしいでしょうね!」


「ブライドケーキ、練習しておかなきゃ。デザインも……奥様も、一緒に選んでね」


「え、ええ、そう……そうね」


 弱々しい返答になってしまった私に、ディーンとアネットが不思議そうにして顔を見合わせる。

 それからおそるおそるといった風にして、


「奥様、もしかして旦那様とのご結婚……お嫌ですか? そうですよね、借金の返済を餌に迎え入れたくせに、本人は一年も不在だなんて不誠実を固めたような男……っ」


「お、奥様、ご飯、いっぱいいっぱい美味しいの作るよ? デザートだって、もっともっと上手になる。だから……ここに居てほしい、な」


「あ、違うの、違うのよ。嫌などではないわ。エイベル様とはお会いしたことがないけれど、お手紙とか、ここで働く皆の様子を見ていると、素敵な方なのがよくわかるもの。私も、感謝することばかりだし……。ただ」


「ただ?」


 小首を傾げる二人に、私はかーっと熱くなる両頬を手で覆いながら、


「きょ、挙式とか、ドレスとか、ブライドケーキとか……っ! エイベル様の"妻"になるんだって、急に実感が沸いて来てしまって……。ねえ、アネットとディーンはどう思う? 私、ちゃんとエイベル様の"妻"になれるかしら? 今までも迷惑をかけてばっかりだというのに、"おせっかい夫人"だなんて呼ばれてご挨拶前から呆れられてしまっていたらと思うと、ふ、不安で……っ!」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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