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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

懺悔の魔法拳士

 もしも諦めずに努力を続けていたら、少しは違った結果になっただろうか?

 冷たくなっていく妻と娘を抱きながら、俺はこれまでの諦めていた自分を呪った。



 ◇



「【ファイヤーバレット】」


 最も簡単な初歩の火魔法。指先ほどの小さな火の玉を飛ばし、目標を攻撃する魔法だ。

 威力が弱いうちは――あるいは威力を抑えて使えば――種火として使える。炊事や暖を取るために火を起こすとき、誰もがこの魔法を使う。


「おお~……!」


 父親が見せてくれた魔法に、当時5歳の俺は目を輝かせていたのだろう。

 家の中でも見慣れた魔法ではあったが、それらはあくまで生活の中で使う種火としての威力。今、父親が見せてくれたのは、それとは一線を画する「攻撃」のための魔法だった。

 枯葉に火をつける程度の事しかできないと思っていた魔法が、木の幹に穴を穿つ。それを初めて見た俺には、なかなか衝撃的な光景だった。


「魔力をひねり出して指先に集めるんだ。それを火属性に変換して、放つ。

 それだけだ。シンプルだろ?

 魔力をたくさん使えば強くなるが、強ければいいってものでもない。ろうそくに火をつけるのに、こんな威力を出していたら家が穴だらけになっちゃうからな」


「分かった」


「じゃあ、やってみろ。最初はとにかく全力でやって、加減はあとから覚えるといい」


「うん」


 俺は指先に魔力を集め、火属性に変換した。

 初めてやったが、それはとても簡単だった。2つの工程は瞬時に終わった。

 ただし、現れたのは「指先ほどの火の玉」ではなく、家みたいなサイズの巨大な火の玉だった。


「うわっ……!?」


 いきなり目の前に太陽が現れたのだ。俺はまぶしさに驚き、魔法への集中を途切れさせてしまった。

 直後、制御を失った火の玉は大爆発した。バケツに水を入れてひっくり返したら、中の水をぶちまけてしまうのと同じことだ。爆風を受けて、俺は転んだ。

 壁を思い切り殴ったとして、それがどんな強い力持ちだろうと、それで死ぬことはない。力が強ければ、それだけ体も頑丈になるものだ。だから魔法を使った俺自身は、強めに突き飛ばされたぐらいにしか感じなかった。

 ただし、殴るのがドラゴンで、殴られるのが人間だったら、結果はスプラッター。


「ああっ……!?」


 立ち上がった俺が周囲を確認すると、地面は焼けこげ、家は基礎も残らず吹き飛んでいた。

 いや、俺の家だけではない。村中の家という家が根こそぎ、瓦礫も残さず吹き飛んでいた。地面は焼けて一部がマグマ化しており、生きている人どころか死んだ人の姿すら見当たらない。すべてが一瞬で蒸発してしまったのだ。

 とんでもない事をしてしまったというのは理解できた。俺はどうしていいか分からず、頭が真っ白になった。

 正直、その後のことは覚えていない。

 気づいたら孤児院にいた。



 ◇



 我に返ったあと、俺は魔法はもう使わないと決めて過ごした。

 魔法を使わずに火を出す方法、魔法を使わずに水を得る方法など、生きていくために必要な知識を自分でゼロから調査・研究・開発しなければならなかった。だが、魔法を使えば甚大な被害を出してしまうのだから、やるしかない。

 何度も物を壊した。実験の失敗だけじゃない。どうやら俺は、かなり力が強いようだ。

 だから孤児院を卒業する15歳になったとき、俺は冒険者になることを決めた。


「いいじゃねえか」


「やめてください!」


 登録のため冒険者ギルドへ行くと、そんなやり取りが聞こえてきた。

 見れば、冒険者が受付嬢をナンパしているところらしい。

 受付嬢はみんな美人で人当たりがいい。なぜなら、そういう人が採用され、そういう教育を受けるから。依頼主と直接対応する立場なので、冒険者ギルドのイメージを決定する立場だ。悪い印象を与えると依頼が減って収益も減るというので、冒険者ギルドとしてもイメージ戦略をやらざるを得ない。

 事情はともかく、美人で人当たりがいい以上、口説かれることも増える。


「おい、あんた」


 他の受付嬢は、他の冒険者や依頼主たちが列をなして待っているので、助けに入ることもできない。

 一方で、誰もそんな面倒事に関わりたくないらしく、そこだけ誰も並んでいない。

 さっさと登録したかった俺は、ナンパしている冒険者に声をかけた。


「何だ、てめえ? 邪魔だ、消えろ」


「お前が邪魔だ。このクソ忙しい時間に、お前1人で受付嬢を独占するな」


「うるせえな! てめえにゃ関係ねーだろ!」


「ろくに反論もできねーんじゃ、自分でも気づいてるんだろ? さっさとどっか行けよ」


「このクソガキ……! 大人を嘗めてるとどうなるか教えてやんぞ、コラ!」


 ナンパしていた冒険者が、俺に殴りかかってきた。

 遅い拳だ。

 ひょいとよけて、そのまま通り過ぎるように前へ出る。

 腕が伸び切った瞬間、斜め下からすくい上げるように押しのけてやると、冒険者は拳を突き出したまま逆上がりみたいにぐるんと回転し、背中から床へ倒れた。

 ゴン、と痛そうな音がして、後頭部をしたたかに打ち付けた冒険者は、そのまま気絶した。


「登録手続きをお願いします」


 気絶した冒険者は放置して、俺は受付嬢に頼んだ。

 これが、妻との出会いだった。



 ◇



 その後なんやかんやあって受付嬢は俺の妻になり、娘も生まれた。

 俺は妻が妊娠したタイミングで冒険者を引退し、妻も退職。俺の故郷は滅んでいるので、妻の故郷の村で暮らすことにした。

 そうして平穏な日々を過ごしていたが、ある年の秋、事件は起きた。

 秋は多くの植物が果実を実らせる時期だ。冬眠する野生動物や魔物は、この時期に腹ごしらえをするべく活動が活発になる。村の近くに魔物の痕跡が増え、俺たちは警戒を強めていた。


「ジャイアントバイパーが出たぞ!」


 近くの森に、毒持ちの大蛇が出た。

 ジャイアントバイパーは10メートルを超える大蛇で、巻きつかれると人間は骨という骨を砕かれて死んでしまう。毒を使うまでもないパワーがあるのだ。

 村も冬越えの支度を進めているところで、俺も猟師と一緒に忙しくしていた。この時期にジャイアントバイパーが出ると、狩りは慎重にならざるをえない。音もなく忍び寄って襲われる上に、地面にいるとは限らない。木の上から来るかもしれないし、姿の特性上わずかな物陰にでも潜んでいる可能性がある。


「元冒険者なんだろ? 討伐するってわけにゃいかねぇのかい?」


「任せてください。

 ただ、毒を浴びた場合に備えて、解毒剤を用意してもらえますか? こっちから狩りに行くのは、解毒剤が用意できてからってことで」


 ジャイアントバイパーは、ツバを吐くようにして毒を吐くことがある。目や口に入ったら大変だ。もちろん通常は噛みついてから毒を出すので、噛みつかれるのも危険だ。


「分かった。街に行って買ってこよう。

 それ前に向こうから襲ってきたら、すまないが頼む」


 そういう事になった。

 もちろん、その間も猟師と一緒に狩りは続ける。

 そして悲劇は起きた。

 狩りから戻ると、ジャイアントバイパーが庭でとぐろを巻いていた。

 よく見ると、とぐろの中には妻と娘がいるではないか。


「うおおおおっ!」


 俺はすぐさまジャイアントバイパーに飛び掛かった。

 とりあえず殴る。急いで殴る。すぐに殴る。危機感に任せて殴る。焦りのままに殴る。怒りに任せて殴る。力任せに殴る。抵抗を許さずに殴る。続けざまに殴る。死ぬまで殴る。

 やがてジャイアントバイパーが動かなくなったところで、俺は妻と娘に駆け寄った。


「あなた……」


「パパ……」


 妻と娘は、全身の骨を砕かれ、すでに虫の息だった。

 死ぬ……! 死んでしまう……! このままでは……! いや、たとえここに高位の僧侶がいたとしても、これほどの大ダメージでは……!

 俺は禁を破ることにした。


「【ヒール】!」


 回復魔法を唱えた。

 妻と娘を包み込むように魔力を広げ、光属性に変換する。

 ただのファイヤーバレットがあの規模であの威力だったのだ。ヒールだって凄い回復効果をもたらすはず。正しく治らないかもしれない。どんな悪影響が出るかもしれない。周囲を巻き込むかもしれない。悪くすれば「治りすぎ」で肉体が暴走し、逆に命を落とすかもしれない。白血病やガンのように、細胞の増殖が止まらなくなって体の正常な状態を失ってしまう例もある。だが構うものか。誰を犠牲にしても、この2人だけは……!


「【ヒール】! くそ……! 【ヒール】!」


 俺はあの一件以来、魔法を使わないと決めて過ごしていた。

 もちろんファイヤーバレット以外に使い方を教わった魔法もない。

 魔法は、発動しなかった。使い方を知らないのだから当然だ。冒険者時代に何度か受けたり見たりした事はあるが、見様見真似でやったって正しい手順とは違っている可能性が高い。

 それでも少しは効果があるかもしれない。いや、俺の場合はむしろ少ししか効果がないぐらいでちょうどいいはずだ。

 妻と娘の体から、力が抜けた。


「【ヒール】! 【ヒール】! 【ヒール】!」


 必死こいて唱え続けたが、魔法は発動しなかった。

 ありもしない希望を、都合良く夢見ていただけなのだと、現実を思い知らされる。

 くそ! こんな事なら使い方だけでも調べておくんだった! 魔法を使わないようにするんじゃなく、使っても被害を出さないように練習しておくんだった!

 妻と娘の体がどんどん冷たくなっていく。


「うわあああああああ!」


 もしも諦めずに努力を続けていたら、少しは違った結果になっただろうか?

 冷たくなっていく妻と娘を抱きながら、俺はこれまでの諦めていた自分を呪った。



 ◇



 妻と娘を連れて、俺は故郷へ戻ることにした。

 何もかもなくなった村の跡地で、かつて俺の家だった場所に、墓を4つ作った。

 父の墓は、一番大きく。

 母の墓は、その横に寄りそうように。

 妻の墓は、一番美しく。

 娘の墓は、その横に抱きしめるように。

 4人の墓に花を添え、手を合わせて冥福を――


「……すまない……!」


 冥福を祈る――そんな資格は、俺にはない。

 俺が4人を殺したのだから。


「……すまない……!」


 体に力が入らない。

 まるで重力が100倍にもなったようだ。

 崩れ落ちるように、俺は4人の墓に頭を下げた。地面に頭をこすりつけて詫びた。そうせずには居られなかった。しかし詫びれば詫びるほど、どんなに詫びたって戻ってこないのだと強く実感し、後悔は増していく。


『あなた……』


 不意に、死に際の妻の顔がフラッシュバックした。

 名残惜しそうな、悲しげに笑う妻の顔。

 あのとき妻は何を言おうとしたのか? もはや確かめるすべはないが……妻なら何を言うのだろうか? あの表情の意味するものは……?

 ああ、そうだ……妻ならきっと……あんな場面で言うことは1つだろう。


「……ああ……俺も愛してるよ……!」


 顔を上げ、妻の墓に向かって精一杯笑った。

 きっと妻も、痛みをこらえ、気力を振り絞って、精一杯笑っていただろうから。


『パパ……』


 続けて娘の姿がフラッシュバックした。

 苦しそうな、助けを求める顔。


「すまない……! 助けてやれなくてすまない……! パパが魔法の練習をしてなかったから……! 苦手だからって使わないで済む方法ばかり考えていたから……!」


 仕方ないなぁ、と笑う娘の顔が思い出される。

 娘との約束を守れなくなってしまったとき、娘に事情を話して詫びると、いつも最初は「えー」と不満そうな顔をする。だが駄々をこねる事もなく「仕方ないなぁ」と残念そうに笑うのだ。そして、次に言うことも決まっている。

 その代わり、ちゃんと頑張ってきてね。


「ああ……そうだね。パパ、ちゃんと頑張るよ」


 よくできた娘だ。

 別の日に約束を果たしてくれなんて、言った事はない。

 娘はいつだって、自分との約束を果たせない代わりに、その理由になった事情をきちんと片づけてこいと言うのだ。


『『パパはいつだって、みんなのために頑張ってるんだもんね』』


 はじめは妻が言い聞かせ、やがて娘がそれを覚えた。

 最後には、妻と娘が声をそろえて言うようになったものだ。


「ああ、もちろんだ。そのために、ここへ引っ越したんだよ」


 妻と娘の幻影に見送られ、俺は玄関だった場所を出る。

 ここなら誰もいない。

 ここには誰も来ない。

 どんなに派手に失敗しても、誰にも迷惑はかからないだろう。

 墓から村1個分の距離を置き、俺は持って来た魔導書をひろげた。

 さあ、練習を始めよう。

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