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九十九話

 はなみずき25のメンバーそれぞれが夢乃の脱退に思うことがあったのだろう。

 リーダーのあいが泣き始めてからは、それぞれが夢乃とのそれまでを思い返していた。

 ……ただ一人を除いて。

「ん? ああ、やっと終わった?」

 全員が嗚咽を押し殺していると、まるで寝起きのように間の抜けた花菜の声が全員の耳に届く。

「終わったって……花菜、あんた何にも感じないの?」

「え? みんな気が早いなぁ~って」

 花菜の言葉にみんなさっぱりだった。気が早いとは?

「え? ……え、だってユメさんCMやってたよね? 年契約の」

「……それが?」

「放映開始が9月ごろだから、今辞めないように説得してるでしょ? 辞めるとしたらその後でしょ? まるっと9カ月あるから、そのころにもう一回ってお話になるんじゃないかなぁ~って」

 花菜の言い分はこうだ。

 CM放映中のグループ脱退は、運営側は何とか避けたい。

 新規のCMに代わる頃、もう一度進退について話し合いがもたれるだろうと。

 要するに、今は保留となるのではないか?

 そう言いたいようだ。

 

 ◇ ◇ ◇ 


「花菜に当てられると、少し腹立つね」

 メンバーの集まる会議室に、夢乃も合流する。

 花菜の予想通り、夢乃の意向は理解したうえで9月にもう一度話し合いを行うことになった。

 CMの件もあるが、夢乃はまだ辛うじて未成年だ。契約関係には親の承認が必要となる。

 ならば、今すぐではなく夢乃の両親を交えて協議を行う方向になったのだった。

「ユメ! ちゃんと相談してって言うてるやろ! びっくりするやんか!!」

「あい、……ごめん」

 夢乃はバツの悪い表情を見せるが、すぐに真面目な表情を作り直す。

「騒がせて、みんなゴメン。でも、9月で私はアイドルを辞めます。これまでありがとう、……最後までよろしく」

 メンバーに向けて改めて頭を下げる夢乃。先ほどちょっとだけ緩くなった空気はまた冷たいものへと変わっていく。

「でも、ほら。事務所辞めるわけじゃないし、女優班に行くけどさ、……9カ月残ってるし、みんなそんな顔しないでよ」

「寂しいに決まってるだろ! 寂しいし羨ましいし! うれしいし! なんか涙出ちゃうのは仕方ないだろ!」

 メンバーに気を遣っている夢乃に、恵は自分の入り乱れている心の内を吐きだす。

 花菜を除くスカウト組は、一塊になって泣き続ける。

 事務所の意向で始めたアイドルとしての活動、女優になる夢をまだ持ち続けている彼女達。それを表に出せず、ファンに向ける自分の表情に違和感を持つ者同士のシンパシー。

 そんな中、女優への道が開いた同士に祝福や、羨望、嫉妬というあらゆる感情が彼女たちの中に渦巻いている。それは、花菜やオーディション組にはわかり得ない感情だった。


 美祢たちオーディション組は、自分が今どういう表情をしているのかわからなかった。

 わからないし、わかりたくもないのだろう。

 オーディション組の10人は、顔を伏せたまま部屋を出ていく。

 誰もが無言のままだ。

 あれが他者に望まれたというだけでアイドルをやっている人の感情なのかと、薄暗い気持ちが漂っていた。

 オーディション組を見送った花菜は、一塊になっているスカウト組を眺める。

 花菜は自分も他人にも望まれてアイドルをしているため、スカウト組の葛藤というのに無関心だった。

 そんなにもアイドルをするのが嫌なのだろうか? 今やアイドルは芸能界の総合職だ、歌も歌いパフォーマンスも行い、必要があればバラエティーもするし演技もする。望む望まないにかかわらず全てを経験できることに何が不満があるのだろうか?

 それにあの約束は、自分と交わしたあの約束はどうするつもりなのだろうか? 花菜は自分も気が付いていない寂しさからくる疑問を口にしてしまう。

「ユメさん。私に勝って辞めるって話はさ、どうするの?」

 その物言いは、傲慢そのもの。まだお前には負けていないと言っているも同然だ。

 スカウト組は、一斉に花菜に厳しい視線を向ける。

 だが、夢乃はそうではなかった。

「勝ててないかな? 私は演技を評価された、花菜はされてないでしょ? なら、演技では私の勝ち……でしょ?」

「あ~、なるほどね。そうか……負けたのか」

 少しだけ唇を尖らせ、花菜はむくれた顔になる。

「ん~、ユメさんおめでとう……だね」

「うん、ありがとう」


 予想していなかった答えに残念な気持ちが湧いて来る。

 無意識に夢乃を引き留めたかった自分の心に気が付いていない花菜。いつかそれを理解する時が来るのかもしれない。だが、今の花菜の心ではただ何かが欠けたような気分になるだけだった。

「それにね、花菜。私がいなくなっても私の欠片を持った子が、きっとあなたに勝ってくれる。もちろんアイドルとして。だから私自身はこの部分的な勝利で満足なんだ!」

 夢乃の明るい表情を見て、花菜のなかにさっきまでの気持ちはどこか隅の方へといってしまう。

「へ~、誰だろう。楽しみだね」

 花菜のその表情は本当に嬉しそうだった。


 はなみずき25の絶対的エース、不動のセンター高尾花菜。

 彼女は飢えていた、自分と競い合ってくれるアイドルの存在に。

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