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九十八話

「夢乃さんが辞めるってどういうことなんですか!?」

 夢乃のはなみずき25の脱退の話を聞いたメンバーたちが押し掛けたため、事務所側もメンバーたちだけの時間を設けてくれていた。

 もちろんその間も、上層部の大人たちは夢乃と話し合いを重ねている。

 当の本人にも会えず知りたいことを知ることができない焦燥感と、今後のはなみずき25がどうなるのかという不安が時間とともに降り積もっていく。

「優紀、うるさい。ちょっと黙って」

 美祢の一つ年上の黒田優紀くろだゆうきは、降り積もっていくものに耐えられないと大きな声を出してしまう。それを香山恵に一喝されている。

「あいリー。何か聞いてないの?」

 レミは落ち着いた様子で小山あいに声をかけるが、その顔色は優れない。

「あ~、レギュラー番組の声優オーディションあったやん? その時も辞めるかもって言ってたな」

 答えるあいは、淡々とまるで日常のことのようなテンションで話す。

「あいリーさん! なんでそんなに落ち着いてるんですか!!」

「優紀、うるさいって!」

 優紀があいの態度に噛みつく。そんな優紀にまたしても恵が、今度は刺すような視線を付けて注意する。


「だって……だって、なんで夢乃さんが辞めるかもって話をそんな当たり前みたいに……っ!」

 優紀はこみあげてくる感情に耐えられなくなったのか、目から大粒の涙を流し始める。

「あんなぁ~、やめるのなんて当たり前なんよ? だって夢乃、小河原劇団の公演に誘われたんやで? 私かてやめるわ」

 ケラケラと笑っているあいに、優紀の視線が刺さる。

 まるで意に介さないあいに、怒った優紀は飛び掛かる。

 事前に察知した美祢と葉月が、優紀にしがみついて制止する。

「そんな劇団がっ! はなみずきより大事なんですか!? 今まで頑張ってきたのは何だったんですか!?」

「役者としての仕事にどんな想いであの子が臨んでたのかも知らんくせに! そんな劇団!? アホ言え! これ以上ない大抜擢やないか!! なんで喜んでやれんの!? おめでとうやろ!? あの子の夢、あんた知らんかったんか? なぁ優紀! あの子の夢言ってみてぇ!?」

 今度はあいが感情を押さえられず、声を張ってしまう。机を叩きながら、仲間の明るい未来を喜ばない仲間に憤りを隠さない。

「あいリーも静かにしてッて。オーディション組はさ、小河原劇団のことなんか知らないんだよ。まずはそこの説明からでしょ」

 いつもは感情に任せて動いてしまう恵が、あいをなだめている。いつもとは逆の立ち位置に、他のメンバーも戸惑いを隠せないでいる。


「っ! ……はぁ~。あんな? 小河原劇団って言えば演劇界で一二を争う有名劇団なんよ。そこの舞台を踏むってことは役者として一目も二目も置かれるの。私らみたいな実績のない小娘でも。もし定期的に出演できたなら、末はアカデミー賞を約束されたも同じなの」

 そう聞いてしまえば、今夢乃に舞い込んできているモノがどれほどの幸運なのかうっすらではあるが、オーディション組にも理解できる。

 優紀は糸の切れた操り人形のように、崩れるように椅子に腰を落とす。

 そして顔を伏せると、今度は声を押し殺しながら流れる涙を袖に吸わせていく。

「あのね、この際だから言っておくけどさ。私たちスカウト組は、まだ誰も役者の夢をあきらめてないの。だから同じような話があれば、私らだって辞めるよ? アイドルになりたくってここに来たのは、花菜とあんたたちだけなの」

「じゃあ、……じゃあ妥協でアイドルしてたんですか!? めぐさん」

 恵の言葉に反応したのは、レミだった。珍しくメンバーに対して怒りを露わにしている。

「最初は妥協でしょ? 確かに仕事だから手は抜いてないよ? けど、私たちの夢まで捧げたつもりはない」

 

 調整役のレミが恵に怒りを見せたことで、デビュー当時のはなみずき25へと戻っていってしまった。

 すなわちスカウト組とオーディション組の対立。それも今まで以上の、もはや決定的なものとなりつつあった。

「夢乃さん、昨日は私にアドバイスしてくれたのに……いきなりすぎますよ」

 美祢は机に伏せている優紀の背中を撫でながら、ポツリとこぼす。美祢も突然のことに戸惑っているのは同じだった。

「そうか、そうやったんやな」

 美祢の言葉にあいは、涙をこらえられなくなってしまう。

 アイドル渋谷夢乃に引導を渡したのは、賀來村美祢。小山あいですら言葉にしなかった、あの敗北感を共有してくれたのかと思うと、うれしいのか悔しいのか、複雑な思いが駆け巡る。

 自分一人では超えることのできない高尾花菜という存在を賀來村美祢に託していくのかと。それも確かにあの子らしい戦い方ではある。

 役者もアイドルもチームプレイだと、常々話していたあの子らしい選択だ。

 あいはそう思わずにはいられなかった。

「美祢。あの子の言葉、……大切にしてや?」

「は、はい……はい」

 あいの目に飛び込んでくる美祢の眼は力強いものだった。

 あの子の、夢乃のアイドルとしての人生は無駄にならずに済んだ。こうして美祢に何かを残せて辞めていくのだから、きっと幸せなアイドルなのだろう。

 あいは恵の背中に顔を寄せ、誰憚ることなく声を上げる。

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