表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/405

九十六話

「あの~、美祢パイセン。いい雰囲気の所申し訳ないんですけど……全部マイクに乗ってるんですよ」

 涙から帰還した美紅が、美祢と公佳を見ながらわざわざマイクを構えて口にする。

 二人は呆けた表情で、美紅の方を見た後客席に視線を向ける。

 客席に流れていたしんみりとした空気は、美紅の一言でどこかへ行ってしまった後だ。

 美祢と公佳の反応に、客席から笑いが起きる。

「美祢ママ~!」

 客席の数人が息を合わせたようにそろった声を上げる。

「ちょ、ちょっと待って! 私まだJKなんだけど!?」

「ママ~!」

 否定する美祢と客席の煽りに乗っかってしまう公佳。

 他の最年少トリオの二人も笑い始める。

「も~! わっぷ!」

 笑顔で怒ったふりをする美祢に誰かが飛び込んでくる。

「なになになに!!? ……ヒナちゃん?」

 未だに泣いていた日南子が、自分も慰めて欲しいと美祢の胸に飛び込んできたのだ。


「ヒナちゃん! ちょ、ちょと、コラ! どこ触ってるの! やめ、やめてってば」

 美祢の胸に自分の頭をグリグリと押しつけ、早く慰めてと急かす日南子。

 美祢もどうにかしたいともがくが、両腕を日南子にしっかりとホールドされていてどうすることもできない。

「ち、智里! 助けて。お願い!」

「はいはい、ヒナ。あなたお姉ちゃんでしょ、妹たちが笑ってるよ?」

「智里! 家族設定やめてってば! ママなら年上の美紅さんがいるでしょ!」

 やれやれと美紅は美祢へと返す。

「ここにきて年上イジリっすか? 美祢ママパイセン。そんな悪い子には……こうだ!」

 美紅も美祢に向かって突進をはじめる。

 それを見た最年少トリオも我も我もと美祢に襲い掛かる。

「っ! グぇ……ま、まだアンコールのと、途中なのに~!」

 日南子ごと押しつぶされた美祢が、収拾がつかない現状を嘆く。

 会場が笑っている。

「ほれほれ~! ママさんパイセン。愛されてますねぇ~……っひぇ!」

 美紅がいつものテンションで美祢をくすぐりかけたその瞬間、メンバーは慌ててフォーメーションの位置へと走って行く。


「何やってるんでしょうね、あの娘たちは」

「アンコールで、スタッフから怒られるアイドルなんて前代未聞なだなぁ」

 片桐と山賀は恥ずかしそうに頭を抱えている。

「まあ、あの娘たちらしいですけどね」

 主は合宿の頃を思い出して笑っていた。

 純粋でまだまだ子供で、感情を隠そうともしない年下メンバー。それをけしかける最年長の美紅。巻き込まれるのは大抵美祢か智里、まみはいつも距離をとるのがうまい。

 今も結局日南子を美祢から引きはがしているのは、まみだ。

 まみはなんだかんだ面倒見がいい、美祢が乱れた衣装を智里に隠れて直している間に日南子を慰めている。

 もし家族構成とするなら気苦労の多い母親の美祢、フォローの上手い父親のまみ。悪戯好きの長女美紅、しっかり者の次女智里、天真爛漫な三つ子、いつまでも甘えたな、でもここぞと言った時に大胆な行動をする末っ子日南子といった感じだろうか。

 主はそんなことを考えながら、微笑ましくステージを見ている。

「先生、笑ってる場合じゃないよ? この後怒られて泣いてるあの娘たち慰めるの俺たちなんだから」

「……親御さんたちにお願いできないですかね?」

「先生、それは立場的にに無理ですよ」

 笑いに包まれた会場に、深いため息が3つ落ちていく。


 ◇ ◇ ◇


 ライブ後の楽屋で、メンバーの親たちとの会合に参加する偽物の父兄3人。

 何か言いたげなスタッフも、さすがに両親たちの前でダメ出しをするほど鬼ではないらしい。

 そして親たちが楽屋を去った直後から、公演を取り仕切っているディレクター、タイムキーパーなど各所からアンコールでの騒動についてお叱りが始まる。

「リーダーはまあ。収拾しようとしてたから大目に見るけど、もっと強く言うときはちゃんと強く言うこと!」

「……はい」

 メンバーの仲は良くなったが、それでステージを押すほど盛り上がられてはプロの仕事ではない。締めるときは締めるようにと美祢には比較的穏やかな雷が落ちる。

「埼木! 最年長が率先してふざけようとするな!!」

「はい!!」

 年齢的にリーダーの助けとならなければいけない立場を忘れた美紅には、特大の雷が落ちている。


 最年少トリオはすでに怒られ、泣いて主と山賀の膝の上に避難させられている。

「上田! 今回の罰としてお前は副リーダーとしてグループをまとめる責任を負ってもらう!」

「え~……はい、がんばります」

 今回のステージで一番のやらかしをしてしまった日南子は、それなりの責任を全うしてもらうことで今後の成長に期待しようということで落ち着いた。

 今回の顛末は、かすみそう25の公式SNSで発表され、ファンにも周知されることとなる。

 新しいメンバーが入ってくる。既存のメンバーには先輩として後輩を育てる役目も生じる。

 スタッフもメンバーを想い厳しい表情を崩すわけにはいかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ