九十五話
かすみそう25が観客に初めて披露した楽曲『例えばあなたが倒れたとして』。アニメ疾風迅雷伝のエンディングテーマとして各種メディアですでに告知している、耳馴染みのある楽曲からはじまった。
真剣な人に対する気やすいガンバレを言えない主人公が、真剣に相手を想い身近の人を鼓舞するにはどうしたらいいのかと思い悩むストーリー。
倒れた人を起こすのも、励ますのも優しさかもしれない。だけどその人の盾になることを選んでしまった不器用な主人公。ともに手を取り合うことを夢見る少女のお話。
センターの美祢はこの楽曲で、その笑顔を見せることはしない。
憂いを帯びた表情で、客席に視線を投げる。
まるで、あなたを応援していると言われているかのようだった。
孤独の道を歩み始めるかに見えた、主人公演じる美祢のすぐそばで智里、東濃まみが笑顔で踊り、すぐ後ろでは5人の仲間がそれぞれ美祢を支えるように笑顔を美祢に向ける。
楽曲の最後のサビで、美祢を中心に集まり美祢に手を寄せ美祢はその手に触れ、しっかりと客席を見据える。
そして、最後の一音に合わせて挙げられた8本の右手。寄り添うように、応援していた主人公を応援する仲間たちのようだった。
数千人のファンが思い思いの賞賛をもって8人のデビューを改めて祝福する。
会場の揺れが収まるまで待ち、美祢が再びマイクを構える。
「私たちかすみそう25です! よろしくお願いします!」
美祢の言葉に合わせて、一列に並んだ8人が深くお辞儀をする。はなみずき25でもおなじみの開幕を告げる合図。
ファンもそれに合わせて、再び大きな声で開催を喜んでいる。
関係者席の偽物の父兄3人は、1曲終わったことで自身の緊張がゆるんだのか合わせたように息を吐きだす。
「アニさん、あれ転んだのは演出ですかね?」
「いや、違うんじゃないか?」
「結構激しくいってましたし、本当に転んだんじゃないですか?」
3人の心配をよそに、ステージ上では和やかなMCが始まっていた。
「いやぁ~、ライブはいつも緊張しちゃうんだよね」
そう言いながら頭をかいて見せる美祢に、まみと智里が美祢を覗き込むような体勢になりマイクを構える。
「美祢さん、緊張であのスキップになったんですか?」
「あ、私も聴きたかった」
「え? 何かおかしかった?」
美祢の疑問にまみが誇張した美祢のスキップをしてみせると、会場が笑いに支配される。
「えー! そんな変じゃないよ」
「っっ! じゃ、じゃあ美祢さん、や、やってみてください」
智里が笑いをなんとかこらえながら、美祢にスキップを促す。
「いくよ!」
何故か左右でリズムの違うスキップを披露し、得意げな表情を見せる美祢。
ステージ上と客席が一体となって、美祢に違うと言っている。
最年少トリオはスキップで美祢の周りを何度も回って、こうやるんだよと美祢にスキップを教えている。
その様子は普段のかすみそう25のメンバーたちを想像させ、仲の良さを表現していた。
◇ ◇ ◇
終始大いに盛り上がり、MCも和やかに過ぎていくかすみそう25のデビューイベント。
そんな様子を見ながら、関係者席にいる二人は楽しみながらもどこか浮かない顔をしている。
「アニさん、先生。どうしたんです? さっきからノリ切れてないみたいですけど」
「ん? ああ、そうでもないよ。なあ、先生?」
「え? あ、ええ。ちょっとまあ」
何かを知っている風の二人は、心配そうにメンバーに視線を向けている。
そのままライブも終わり、ファンはアンコールを待ちながら大きな手拍子をしている。
会場が一体となり、メンバーの再登場を待つ。
「アンコールありがとうございます!!」
走ってステージに戻ってきたメンバーたち。
美祢が代表してアンコールに感謝し、メンバーに短い感想を聞きながら曲の準備時間を稼いでいる。
「じゃあ、歌にいきますか?」
美祢が歯切れの悪い言葉をスタッフに向けると、美祢はステージの左右を気にし始める。
指示が入ってきていないのか、メンバーもフォーメーションの位置に行くのかどうか迷っている素振りが見える。
関係者席の主と山賀は、とうとうその時が来たかと顔をこわばらせる。
会場が暗くなると、メンバーの驚いたような声がマイクに入ってくる。
メインのモニターが怪しく光りだす。
モニターには、大きく『緊急告知!』と映し出され、その文字が消えると、次に映し出された文字にメンバーの視線も意識も奪われてしまう。
モニターには大きく『かすみそう25追加メンバー募集!』と書かれている。
メンバーからは悲鳴が上がっている。
最年少トリオは、拒否感を隠さず泣きわめいている。
その中で、美祢だけは予測できていたようで、近くで泣き崩れている公佳の肩を抱きしめる。
「ねえ? 公ちゃん、仲間が増えるのがそんなに嫌?」
公佳はフルフルと首を振る。
「じゃあ、何が嫌なの?」
「……私、いていい?」
「公ちゃんいなかったら、私が寂しいけどなぁ」
公佳が美祢の言葉を聞いて、その胸に顔をうずめる。
「公ちゃん。新しいメンバー入ってきたらお姉さんにならないといけないけど、出来そう?」
「ん、……頑張る」
美祢は自分の胸に埋まっている公佳の頭をそっと撫でる。