九十四話
「お! 先生、遅いって」
「山賀さん、すいません。ちょっと楽屋にあいさつ行ってて」
「あ~! そうやって点数稼ぎ上手いんだから。やるね、先生」
「そんなんじゃないですって」
かすみそう25のファーストアルバム『いつか誰かの航路』発売記念ライブイベント。その関係者席には、かすみそう25の冠番組「かすみそうの花束を」のMCアリクイと糸ようじの山賀が待っていた。
主は特に待ち合わせをしていたわけではないが、当然MCの二人は自分の近くに配置されるだろうと予測していた。かすみそう25の番組で一番の異物で、かすみそう25の運営が一番警戒するだろう人物、その筆頭が@滴主水こと主だと、主自身も考えている。
何度も一緒に仕事をしていて、何だったら結成当初の合宿で寝食も共にしている。その様子は動画配信サイトのかすみそう25の専用チャンネルで配信してる。
主は山賀に監視の件を聞いた後、いったい何時から警戒されていたのかを確認するために動画を確認してみたところスタッフがやけに主の周囲に多いことに気が付いた。
それも今考えれば、主の監視を指示されたスタッフがいたことは明白だった。つまりはあの事務所に出入りするようになった、最初期から警戒されていると考えた方が自然だ。
さすがは芸能界のフィクサー率いる運営スタッフだと感心させられた。
ただ、主にはどうしても理解できないことがあった。
何故そこまで自分を警戒してるにも拘わらず、未だに番組に出入りさせ、アルバム制作時に仕事と称してわざわざアイドルたちがいる時間に呼び出していたのか?
そんなにも警戒している人物をなぜ?
警戒する人物であるなら、一番簡単な方法は排除だ。
接点をなくしてしまうのが、一番彼女たちを守りやすいはずだから。
それなのに、こうして関係者席を監視してまで自分を彼女たちのそばに置く理由が、主にはわからなかった。
わからないと言えば、この山賀という男の行動もわからないと、主は思う。
フィクサーの密命をわざわざ運営サイドが警戒する人物に、監視している事実を暴露してしまうという暴挙に出た山賀。
自分に何をさせたいのだろうか? となりで親し気に話してくる男の顔をまじまじと見てしまう主。
「なになに? 先生、そんなに見つめて? そんなにいい男に見える?」
「良い男かどうかはわかりませんが、ミステリアスだとは思ってます」
「よく言われる」
まんざらでもないと言った表情の山賀に、後ろから声をかける人物がいる。
「アニさんも来てたんですね! ……なんだ、先生もいるじゃん」
「片桐さん、お久し振りです」
「この前出演したばっかりなのに久し振りって……あれ? あれっていつ頃?」
とぼけた表情を見せる片桐をみて、主は自分がどんな立場にいるのかを何となく理解する。
山賀はかすみそう25の、片桐ははなみずき25の監視要員。ということは、双方の運営から警戒されている人物ということなんだろう。
そこまでの警戒を見せられると、逆に興味がわいてしまう。
いったいあのフィクサーのシナリオには、どんな展開が用意されているのか。自分に与えられた役割はいったい何なのか?
あのフィクサーの思い描く、このシナリオのエンディングはどんなものなのか。
主の興味は尽きない。
そして思う。
同じシナリオで勝負する作家として、安本源次郎に負けられないと。
いや、あの大作家に勝ちたいと。
主は初めて作家という立場で、何かに挑もうという意志が芽生える。
アイドルに恋愛をさせないための布陣、シナリオである安本の思惑に打ち勝とうと決意する主。
それに勝つという意味を主は知らない。
果たして主がそのことを知るのはいつの日になるのだろうか?
「お! アニさんはじまるみたいっすよ」
「なんか、こっちも緊張してくるな。なあ先生!」
「だ、大丈夫ですよ。彼女達だって、……初めてのステージじゃないですから」
「……だよなぁ」
暗くなる会場で、3人は誰ともなく祈るようなしぐさをはじめる。
まるで我が子を見守る父兄のような一団が、急きょ結成されていた。
本当の父兄は、別の席にいるにもかかわらず。
重低音のリズムが流れると、後列に配置された5人が姿を現す。
元気に走りこんでくる橋爪有理香、匡成公佳、荻久保佐奈の最年少トリオ。後に続くのが、埼木美紅と上田日南子。
そしてそれは起きてしまった。
「っぁあ!」
偽物の父兄3人はそろって声を上げる。
先頭を走る有理香が転倒、そのすぐうしろを走っていた公佳を巻き込んでしまった。
立ち止り呆然とする佐奈。
客席からも悲鳴が起きてしまう。
美紅と日南子は佐奈を追い越し、2人に駆け寄り脇を抱えて引き起こす。
すると、美紅と日南子は有理香と公佳を大きな人形のように抱っこしながら舞台の中央へと進んでいく。佐奈は美紅に駆け寄ると、自分も抱っこしてほしいというようにアピールをはじめる。
客席は先程の転倒が、このコミカルさを見せる演出ととらえ笑いが起きていた。
後に続く3人も急きょ演出を変えて、腕を組んでスキップしながら登場して見せる。
美祢のスキップが既存のそれとは違ったのも、よりコミカルさを見せる良い演出となっていた。