九十三話
ハロウィーンとか言うどこぞの企業が主導した近年盛り上がりの凄い行事も1か月半が過ぎ、主は人知れず一つ齢を重ねていた。
主自身も2日ほど経過してようやく気が付くほど、誰も主の誕生日には誰も関心がなかった。
それもそのはず、主原作の疾風迅雷伝のアニメがあと一月ほどで放映開始となり、年末には異例ではあるがはなみずき25の新シングル曲『あなたへの歩み』と、かすみそう25のファーストアルバム『いつか誰かの航路』が同時発売となる。
主も美祢も花菜もそれぞれの販促活動に勤しんでいて、主の誕生日など気にも留めることはなかった。
しかし、知らぬ間に歳をとっていた主はそれなりにショックを受けていたのには間違いがない。
仕事が忙しいのはしかたがない。それは喜ぶべきことだろう。
仕事仲間が自分の誕生日を知らない。それはアナウンス不足だから仕方がない。
だが、身内からも何の音沙汰もないというのは、どう考えたらいいのだろうか?
親は年齢的に忘れたとしても、兄弟からも何もない。
「……ある方が気持ち悪いな」
30を超えて数年たった男兄弟を、その上の兄弟が嬉々として祝う姿を想像して外気温と同じくらいに冷えたものが心の中に走る。
冷静にこの寂しい事象を分析をしては見たものの、主はやはり寂しいのだ。
主の幼い頃の人生設計では、主の今の年齢ならもう既に人生の伴侶に『甘い十年目の金剛石』を贈っていたはずだった。
それがどうだろうか? 人生の伴侶の影も形も見当たらない。いや、もっと正確に言えば、その候補すら影も形も見当たらない。
「ああ、今年の冬は一段と冷え込むなぁ」
あまりにも悲しい事実を再認識してしまった主にとって、この冬一番の日差しさえ寒々しいものだった。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様で~す」
「あ! 先生!! みんな先生きたよ~!!」
一時期沈んでいた荻久保佐奈は、年相応の明るさを取り戻していた。
というのも、ミュージックビデオの撮影も終わり販売告知のために各局を渡り歩く日々は、美祢を筆頭に義務教育を終えている比較的時間を調整しやすいメンバーが担当した。
そして今日、販売直前のイベントまで矢作智里、上田日南子、荻久保佐奈、橋爪有理香、匡成公佳の年少組の5人は中学校生活を謳歌していた。
特に年少組の中でも最年少の3人は、とても元気だ。
「お! 佐奈ちゃん、今日も元気だね」
「うん! あ、先生の差し入れ美味しかったよ」
「パパー! 来てくれたの!?」
「……公佳ちゃん。パパはやめようーか? 先生が怖いお姉さんに睨まれちゃってるから」
「……ん!」
「ありがとう、有理香ちゃん。でもそれは僕の差し入れだから有理香ちゃんが食べてね」
イベント会場の控室に通された主は、主を見つけた年少組にまとわりつかれている。
それを見る女性マネージャーの視線は、大変厳しいものだが主もむやみやたらにまとわりつかせているわけではない。
以前に美祢の急成長を感じた主は、メンバーと自分の中のイメージに相違がない様に意図してかかわりを持とうと心掛けている。
もし自分に娘がいたらなどこんな風にと、不毛な妄想をしているわけでは断じてない。たぶん。
「あ、先生来てたんですね。今パイセン呼んできますよ」
「ううん、大丈夫、大丈夫。美紅さんも自分の支度があるでしょ? 僕は気にしなくっていいから」
そう言って主にまとわりついていた3人をはがし、控え室を後にしようとすると主が開く前にドアが開く。
「っと! びっくりした……智里ちゃん。おはよう」
「……先生。ちゃんはやめてって言ってるのに。なんで同い年のヒナはさんで、私はちゃんなの?」
「ごめんごめん。……なんでだろう?」
ドアの前に立っていたのは矢作智里。先ほどの3人より2学年上ではあるが、残念なことに背丈はあまり変わらない。
顔だちは確かに智里の方が成長が見えるのだが。
「ちーちゃん! 先生の差し入れもう食べた!?」
「パパ―、もう行っちゃうの?」
「ん!」
「もう! いっぺんに喋らないで」
こうして意外なほど年少組が懐いているせいもあるのかもしれない。
主は微笑みながら智里の頭を撫で、智里の横をすり抜ける。
「イベント見てるからね」
「もう! また子ども扱いする!!」
控え室から会場へと向かう途中、残りのメンバーにも会うことができた。
「おはよう。美祢さん、日南子さん」
「あ! 先生~」
「っ! お疲れ様です、@滴先生」
頑張ってねと一言声をかけ、足早に会場へ向かう。
「先生行っちゃいましたね。? 美祢さん、どうしました?」
「う、ううん、なんでもないよ」
主の首元に見えたネックレス。
同じものが自分の首にもかかっていると思うと、美祢は顔がほてるのを抑えられない。
主も知らない、美祢だけの秘密。
自分の胸の中にしまい込んだ衝動が、表に出せと美祢の胸を激しく叩く。
それは、気持ちを高揚させてくれると同時に息ができないくらい締め付けられる想いだった。




