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九十話

「うん、ちゃんと落ちたようだな」

 主の顔を乱暴に横に向けると、角度を変えながら入念に頬の状態を確認する山賀。

 そして、まるで足もとに落すかのように主の顔を手離す。

「さて、先生。どうしたもんかな?」

「な、何がでしょう?」

 この状況でしらを切ろうとする主の肩に山賀は手を置き、それは無理があると目線で答える。

「俺らにはさ、あの娘たちの冠番組MCにはさ、安本さんからの極秘の指令ってのがあるのよ」

 射抜かれたかのように山賀の眼から、視線を外すことのできない主は乾いているはずなのにどうにか唾液を飲み込む。

「安本さんは、自分の所のアイドルの恋愛に異様に厳しいからな。目の届かないところがない様に監視が付いてるんだよ」

 立ちすくむ主をしり目に、自分の部屋かのようにドカリと座り込む山賀。

「っと。まあ、今回は俺が見ちゃったわけだけど。どうしようか先生?」

「ど、どうとは?」

「報告さ。どうしようか?」

 山賀に報告されれば、どんな処遇が待っているのか。主には想像もできない。

 しかしだ。このままでいいわけもない。それもわかっている。

「……そのまま、報告してください」

 間違いなく発表されているアニメ化も、今ある連載も、これからの自分の書籍も全部が無くなるだろう。

 だが、それは自分が彼女たちに大人として接しきれなかったことが原因だ。

 

 もしかすると花菜にも累が及ぶかもしれない。

 それだけはどうにか回避できないかと、山賀の視線を受けながらか細い道を見据える。

「ま、俺にはそんな権限ないけどね」

「へ?」

「俺らが担当してるのはあくまで『かすみそう25』の娘たちだけだからさ。『はなみずき25』の娘たちの担当は俺らの弟たちだからね」

 あっけらかんと言い放つ山賀の眼は、未だに厳しさを失ってはいない。

 おそらく最終勧告のつもりなのだろう。

「いいかい? 安本のむすめを見初めるってのは、こういうことなんだよ。その気ならよっぽど上手くやらないとね」

 立ち上がった勢いで振り下ろされた山賀の手は、主の肩に食い込むぐらいの力が込められている。

「……なんでですか?」

 主は山賀が何故自分に温情判決を下すのか、どうしてもわからなかった。

「そいつはお前が知る必要のないことさ」

 山賀は美祢と主が、かつての弟たちに重なるなどとは言わない。

 だが、どうしても肩入れをしたくなる自分がいることを否定できないでいた。

 だからせめて、慎重に。細心の注意を払ってもらいたかった。

 しかし、そうはいかないらしい。

 主の肩に置いた手を、主が握りしめる。

 主の表情は、情けをかけられたことに怒りを露わにしているわけではなさそうだった。

 その表情には明らかな別の感情が乗っていた。


 どうして自分を罰しないのか。

 主の眼はそう言っている。

 山賀は諦めたようにため息を落とし、手の力を抜く。

「先生。あんた真面目が過ぎるぜ? まさか童貞か?」

「っっな!」

「なるほど、拗らせすぎも体に毒だ。いい店紹介してやろうか?」

 顔を真っ赤にして下がる主に、山賀はやれやれと息を吐く。

「適当なところで捨てておかないとな。童貞の暴走が一番怖いんだ」

「か、関係ないですよね!?」

 何を馬鹿なという表情の主に、山賀は馬鹿に向けるような視線を送る。

「年頃の女の子と共演するってのは、気を遣うんだよ。あの大先生のところは特にな」

 相手の顔を見て話すことでもないと、山賀は寝転び主に背を向ける。


「先生はさ、年頃の女の子に恋愛するなって言って、素直に聞くと思う?」

「……普通はムリでしょうね」

「だよな。俺と同じ意見で安心した。だからこそ相手になる側は周りを注意深く、疑り深く行動しないといけないのよ、だから童貞には無理なの。女の子と一緒にのぼせちゃうからね」

 そんなのわからないじゃないか、……とは言えない主がいた。

 確かに今までの主は美祢と花菜にかなり振り回されていた。その自覚もある。

「もったいないじゃない? 折角さ、芸能人になったのに色恋だけでいなくなっちゃうのって。寂しいしさ」

 山賀は起き上がると、主の顔を見据える。

「年上が責任被るのは当然だけどさ、どう責任取るかもわかっていない小僧には無理なのよ」

 山賀は立ち上がり、立ち去るついでに主の頭を数回撫でる。

「ま、真剣に考えるならいい店手配してやるから俺のとこ来なよ」

「忠告だけ、頂戴しておきます」

「先生、あんた相当頑固だね。あの人と似てるわ」

 主は山賀が誰と自分を比較したのか、いまいち理解できなかった。

 自分は無理難題を投げて、他人をふるいにかけるようなことはしたことが無いからだ。

 

 だが、自分の意固地さは理解している。

 揺るがない心をどうすれば手に入れることができるのか、思考に入っている自分が少しだけ可笑しい。

 あの恐ろしいフィクサーに、少しだけ歯向かいたくなっている自分を見つけてしまった。

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