九話
「ただいま! これ夕飯ね」
「買ってきちゃったの? お母さん久し振りに美祢のご飯食べたかったのになぁ」
「ごめんね。ちょっと部屋にいるから、先食べちゃって!」
美祢は久々の実家だというのに、早々に引きこもりを宣言する。
今美祢がおもに生活しているのは、事務所が用意した寮だ。久し振りに実家に帰ってこれたのはグループのツアーが終了し休養としてオフが用意されていたためだ。
このオフは長いものではないが、日常生活に戻れる貴重なものだ。何人かの成人しているメンバーも帰郷する者が多い。美祢達未成年組も学校はあるもののそれ以外の活動は基本的には入っていない。
それを美祢は主と会い、貰った書籍読破に使うようだ。
「何そんなに喜んでるの?」
「えへへ……秘密」
「彼氏でもできた?」
ちょっとムッとした表情を見せる美祢。
「お母さん、私一応アイドルなんだけど?」
「お母さんはアイドルが恋愛しちゃいけないと思ってないもの」
「お母さんの世代とは考え方が違うの!」
「そうかしら? みんな隠れて実は……」
「お母さん! 怒るよ」
「はーい」
美祢の母親は美祢のアイドル活動にあまり積極的賛成をしていない。だが、それをあまり表立って口にはしない。しかし、こうして娘の意識を変えようとたびたび美祢に対して意地悪な物言いをすることがある。
因みに美祢の父親は……。
「ただいま~。……おーい、美祢が帰ってるのか?」
「部屋にいますよ」
その会話の後ろでドタドタと、荒々しい足音が美祢の部屋に近づいて来る。
「美祢! お帰り~!!」
「お父さん! ノックしてよ!」
「そんなことより、ツアー中お園さんと相部屋だったんだろ? どうだった? 可愛かったか!?」
美祢の父は美祢のアイドル入りを喜び、アイドル活動を応援しているうちに同じグループの園部を推しメンとしてそこそこのアイドルヲタク活動をするようになった。いや、なってしまった。
「お父さん、気持ち悪い」
「っな! 美祢、お前な。ファンに向かって気持ち悪いとはなんだ!」
「娘を応援しない父親に言ってるんです」
「娘を応援するのと推しを応援するのが同じわけないだろ!」
「その理論もわからないし。……もう! いいから出てって!」
「母さん! 美祢が反抗期だぞ」
「あら、それじゃお赤飯ね」
「母さんもひどい!」
「それよりも、またCD買い足しましたよね? 何枚目だと思ってるんですか?」
「っ! そ、それはあれだよ、アレ。! 美祢が出なくてさ。娘のカードは欲しいだろ?」
「あら? 最初に当たったのがありましたよね?」
「っや! 違うんだ。アレは通常バージョンだから! まだレア仕様が出てない」
「美祢~! 違う写真撮ったの?」
読書に集中できなくなった美祢は、鼻息を荒げながら部屋を出る。
「私のは1種類だけ。レアはフロントだけ」
「ですって? お父さん、そういえば園部さんもフロントでしたよね?」
「ち、違うぞ! ああ、SNSでデマ情報流れたのかぁ~。なんだそうかそうか、まいっちゃうなぁ~」
美祢は父親の言い訳を先回りして、SNSで自分のグループの名前を検索した結果を突きつける。
「そんな情報どこにもないね? 誰に聞いたの?」
「っ! それはその……すみませんでした」
「来月はお小遣い無しです」
「そんなぁ~、勘弁してよ美咲さん!」
「駄目です」
美祢は大きなため息を両親に聞こえる様に吐きだし、自分の部屋へと足音を鳴らし戻っていく。
「……美咲さん。また何か言ったね?」
「別に」
真実を言い当てられた母親は素知らぬ顔で夕飯の準備を始める。
「帰ってくるたび怒らせるんだから。いい加減認めてやったらどうなんだい?」
「嫌です。あの子には普通で良かったんです」
「けどそれは、本人の意思に任せるって」
「だって、不安じゃないんですか? もしあの子がいきなり結婚するとか言い出してとんでもない年上連れてきたらとか……」
「駄目そうなやつが来たら、ちゃんと追い返すさ。それにあの子を信じてやろう? ね?」
「吾郎さん」
二人は大げさにお互いを抱きしめ合う。そしてその顔はゆっくりと近づいて……。
「全部聞こえてるってか、聞こえる様にイチャつかないでって前から言ってるよね? 娘の前で」
美祢は部屋のドアから顔だけをだして、両親を睨む。
その言葉に両親は顔を見合わせ、声をそろえて答える。
「だって聞かせてるんだもん」
「っ!!! ご飯いらないから!」
怒った美祢は部屋のドアを荒々しく閉めながら言い放つ。
「美祢がいると賑やかになるね」
「誰かあの子のいいところを見つけてくれるいい人いないのかしら?」
今度は聞こえないように二人で笑い合っていた。