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八十六話

「と、言うことで今日はここまで。また来週!!」

「はーい、OKでーす!」

 片桐の締めの言葉でその日の収録は終わりを告げる。

「よし! 撤収急ぐぞ!」

 少しだけ押していた収録現場はあわただしく帰りの準備に追われていた。

「あ、あの、少しだけ買い物してきていいですか?」

 そんな中、美祢はスタッフに申し訳なさそうに尋ねる。

「あ~……そんなに時間無いですけど」

「あ、もう買うの決めてるんで、本当に少しだけ……」

「じゃあ、20分だけなら」

 その言葉を聞くと、美祢は深々とお辞儀をして走り出す。

 

 美祢がバスに戻ると、メンバーは主を取り囲んで今日の感想や愚痴を話している。

「先生~! なんで私のダメだったの?」

「いや、明らかに有名ブランドだったから、つい……」

 特に選ばれなかったメンバーは、敗因について納得がいかない様子だ。

「みーちゃん。何処行ってたの?」

「あ、……少しだけ買いたいものあったから」

 レミの隣に座りながら買ってきたモノをとっさに隠す美祢。

「アレ! みーちゃんの選んだあのネックレス……」

「え!?」

「シンプルだけど、結構良かったね」

「う、うん。そうかな?」

「アレ、私も買おうかなぁ~」

「え! だ、ダメだよ! お園さん」

 レミは美祢を見て、悪戯が成功したような満面の笑みを見せる。

「ふ~ん。あ! そうか、先生とおそろいになっちゃうしね~。それはダメかぁ~」

「そ、そうそう! おそろいはね、ダメ……だよね」

 レミはもう我慢できないと目で言っているが、なんとか言葉にするのだけは止めることができていた。


「そう言えば、今日は先生のところ行かなくっていいの? みーちゃん大ファンじゃない?」

「え! あ、あ~。きょ、今日はほら! 他のみんなの愚痴聞かされて大変だろうし」

「ふ~ん。そうなんだ、ふ~ん」

 レミの言外の追及に慌てた美祢はレミに背中を向けて、狸寝入りを決め込む。

 レミの座席が出発から到着まで揺れていたことが、美祢にはずっと追及され続けているかのような気分にさせられた。


 ◇ ◇ ◇


「お疲れ様でーす」

「あ、先生。先日は、はなみずきの企画に付き合ったもらったみたいで。いつもご迷惑ばかりで」

 もう何度も訪れている、はなみずき25の所属事務所。

 今日も対応は立木だ。

「あ、た、立木さん。……いえ、こちらこそお世話になっています」

 普段通りの対応の立木に、主は少し動揺を見せてしまう。特段注目するつもりもないのに、視線が立木の左手に向いてしまう。そして脳裏にはレミのあの表情。

 いかんと、頭を振って無用な情報を追い出しにかかる。

「先生、どうしました?」

「いえいえ、大丈夫。大丈夫です」

 仕事で何度も顔を会わせているからといって、プライベートなことまで口を挟むことが、愚行ということは流石の主でも知っていた。まして、見知ったアイドルのためになにか出来ると思い込むのが迷惑行為だというのも重々承知している。

 だが、肩入れしてしまいそうにもなってしまう。

 だからダメだと自分を叱責して、心のなかでレミを応援だけしてから仕事の話に向き直る。


「立木さん。一応最後はご提案の通りにしましたけど、これって……」

 今、主が立木に渡した原稿は、かすみそう25のファーストアルバムの特典用に書いた小説だ。

 いつもは第1稿は主の好きに書かせてもらっていたのだが、今回は最後の文にだけ決まった文言を入れるように指示が入っていた。

「先生! ダメです。誰が聞いているかわかりませんから」

 立木は真剣な表情で、人差し指を唇の前に持ってくる。

「あ、はい!」

 立木の言葉を聞き、自分の予想が当たっているのを理解した主は、それ以上踏み込まずに撤退を決め込む。

「また、近いうちにその件でお呼び立てすると思いますんで。うちの安本もくれぐれもよろしく、と」

 安本の言葉を伝えた立木に、どこか安本の鱗片を見た主は、背筋に寒いものを感じてしまう。

「あ、大将。お疲れ様です!」

 不意に立木が席を立ち深々と腰を折り、長々と頭を下げる。

「おう、ん? あ~! @滴君! 来てたのか?」


 主の視界の外から声がかかる。

 一度聞いてしまえば忘れられない、何とも柔和な声だ。

 慌てて立ち上がり、その人物を視界に納めれば嫌でもその存在感を受け止めねばならない。

 さっきの柔和な声は何だったのか? そう思わざるを得ない圧倒的なプレッシャー。

 主は反射的に最敬礼をとってしまう。

 先の炎上の件で、何かしらしたであろう事が解っている主は尚更目の前の人物に硬くなってしまう。

「お、お、お疲れ様です! 安本先生!」

「おいおい。新人とはいえ売れっ子作家さんにそんなに畏まられたら、気分が上がっちゃうなぁ。なあ? 立木」

「まったくです」

 立木と笑い合う安本を見て、主は背筋が凍る思いだった。通い慣れたこの場所、この事務所が誰の膝元なのかを再認識させられる。

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