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八十四話

「先生! こっち! こっちです、早く!!」

「い、行きます、行きますから。……ちょっと休憩もください!」

 はなみずき25の冠番組『はなみずきの木の下で』収録当日。主は聞いていたよりも忙しい思いをしている。

 何故かはなみずき25のメンバーによるコーディネート対決の場に呼び出された主は、当初マネキンのまねごとをするだけでいいと聞かされていたはずなのに、ショッピングモールを上へ下へ、右へ左へ、東奔西走といった快走を求められた。

 散り散りになったはなみずきのメンバーが選んだ洋服を着ては脱ぎ、他のメンバーに呼ばれては走り、着ては脱ぎ、また走る。

 しかもモザイクをかける時間も費用ももったいないと、かすみそう25の番組でも使用したブタの着ぐるみの頭部を付けたまま走らされるという、一人仮装マラソンに従事することになっていた。

 なぜこうなったかといえば、ショッピングモールで撮影する時間が限られているためだ。

 確かに一日仕事だが、一般職の就業時間に比べれば短い。それは出演者のかすみそうメンバーが同時に動き、それを複数台のカメラを駆使して収録していくことで問題解消したかに思われた。

 

 だが当日、主本人も思い至らなかった大問題を産み出す。

 主は一人しかいないのだから、マネキンのまねごとをするには思い思いに動くメンバーの元まで主が足を運ばないといけないという大問題だ。

 もちろん施設内は徒歩で移動しないといけない。

 ということで、主はスタッフの先導に従いながらかれこれ3時間程度走り続けている。

「は、はぁ、はぁ‥‥‥マジでタバコやめよう。本当に止める、もう絶対吸わない」

 もちろん日常的に運動していない主が、フルマラソン一般参加者の上位3%と同等の運動をして無事なわけもなく完全にグロッキーとなっている。

「先生、大丈夫ですか?」

「ダイジョばないです。太ももがケイレンしてます」

「あ、ここ喫煙ルームあるみたいですよ」

「……ちょっと行ってきていいですか?」

 つい数十秒前の自分の発言を無視して、這うように喫煙ルームに転がり込む主。

 スタッフに差し出された水を片手に肩で息をしながらもタバコに火をつける。


 ようやく一息吐きだすと、仕切られているガラスを叩く音が聞こえる。

 花菜と香が鬼のような形相で主に何か合図を送っている。

「随分賑やかだね。娘さんかい?」

 居合わせた老人は悠々と紫煙を吐きだし、主に声をかける。

「あはは、……まあ、そんなものです」

 せっかく付けた火をもったいなさそうに眺め、諦めたように灰皿へと落とすと主は水を一口含み喫煙ルームから退散する。


 ◇ ◇ ◇


「つ、疲れたぁ~」

 ロケも終盤となり、一か所に集められたメンバーたちから服を受け取り主は何着も脱ぎ着をする準備が始まる。

「先生、お疲れ様!」

 主が顔を上げると、そこにいたのは園部レミだ。

「あ、園部さん。お疲れ様」

「ごめんね、先生。うちの娘たちって勝負事はガチだからさ」

 そう言いながら、主の腰かけているベンチの隣に自然に腰を掛けるレミ。

 あまりに自然で、主も自然と座る位置を開けてしまう。

「へ~……。その割に園部さんは俺を一回も呼ばなかったね?」

「へ? だって完成形わかってたし、サイズも見てればわかるじゃん」

 今回のコーディネート対決のテーマは、理想のデートコーデ。してきて欲しい服装を主の装いで表現しようというもだった。

「理想の男性像が明確なんだね」

「そうだよ。私は好きな人……いるから」

 園部は前を向いたまま、こともなげに話す。

 その表情は自然で、まるで周りに誰もいないかのような空気が流れる。

 レミの横顔を見ながら、主はふと見知った男性の顔を思い出す。

「……立木さん?」

「……え! なんでわかるの!? 先生怖っ!!!」

「あ、隠さないんだ」

「だって、先生は話さないでしょ?」

「まあ、話さないけどさ」


 だが、主は一つ気掛かりなものがあった。立木の普段の装い。左の薬指にリングを着けていなかったかという疑問。

「あ、立木さんの薬指思い出してた?」

「うん、ご結婚されてるよね?」

「そうだね。……ただ、もう一つのリングも立木さんのここにあるから」

 そう言って、レミは自分の胸元を叩く。

「それって……」

「4年前だって。ねぇ? 先生、思い出に勝つ方法知ってる?」

 レミが今日初めて主の目を見た。

 その表情は真剣で、そして不安がにじみ出ていた。


「勝つとか負けるとかじゃないんじゃない?」

「え?」

 言ってしまってから、主は少し照れた。柄にもなくキザな答えが浮かんでしまった。しかしレミはその答えに興味を抱いてしまっている。今さら引っ込めることもできず、半分だけ上がった口角を両手で隠しながら答えを進める。

「その思い出も、君の好きな人を構成する大事なものでしょ? だったらその思い出ごと好きになってあげれたら……素敵だなぁって……」

 ダメだった。一度照れてしまったら顔が火照ってくるのが止められない。紅くなった顔をそのまま手で覆い下を向く。


 主の言葉を聞いて、レミはストンと落ちるものを感じた。

「あ、ヤッバっ。ときめきかけちゃった。先生ってさ、ズルいね」

「え?」

 主は何を言われたのか、わからないまま顔を上げる。

「先生に先に会ってたら、あの娘たちと争うところだったなぁ」

「あの娘たち?」

 レミはこれ以上は教えないと首を振る。

「先生、お願いがあるの……」

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