八十三話
かすみそう25が本格始動すると、メンバーは多忙を極めた。
それまでいつか来るライブのためだけに使用していた時間は、自分たちの活動を発信することにも使われるようになる。
今日は8人全員で、ファーストアルバム「いつか誰かの航路」に収録される楽曲、@滴主水の初アニメのエンディング曲でもある『例えばあなたが倒れたとして』のミュージックビデオの撮影を行っている。
都内とはいえ、朝早くから集められ長時間に及ぶ撮影にメンバーには疲労の影が落ちている。
中でも二つのグループに所属しているリーダーの賀來村美祢は、互いのグループの活動により撮影現場の時間調整がタイトなものになっている。
「美紅さん、……ちょっといいかな」
「パイセン……どうしたんですか?」
「ちょっと、お願いがあるんだけど……」
深刻な表情を見せる美祢を心配しながらも、美紅は美祢の後を歩きメンバーからは離れた所へと連れ出される。
そんな2人を視界に収めながらも、気にかける余裕のないメンバーたち。
2人だけではない、メンバー同士もお互いを気に掛ける余裕がなくなっていた。
食事休憩で控え室にいるときでも、とても大半が10代女子の集まっている場所とは思えないほど静かに、ただ黙々と栄養を摂取している。
「佐奈! 甘いの好きだったよね? これ美味しいよ!」
そんな空気でも美紅は努めて明るく、年長者を演じている。
「美紅さん……ありがとうございます」
最年少の一人、荻久保佐奈。先月13才になったばかりの中学1年生の少女は、ようやく始まった自分たちのグループの活動に圧し潰され気味であった。
日を増すごとに増えていく仕事。日を増すごとに減っていくメンバー間の会話。
思い描いていたアイドルとしての華やかさとは、かけ離れた日々に心をすり減らしていた。
もう長く聞いていないと感じるほど、久しぶりに聞いた姉のように慕う美紅の声。
それを聞いただけで、佐奈の目には涙があふれてしまう。
「佐奈! あああ……ティッシュティッシュ! メイクしてるんだから、ほら! 押さえて……ね?」
「……うん、うん。美紅さん……うぅ~!」
美紅は痛感した。美祢は良くメンバーを見ていると。
リーダーとしてメンバーの状態を観察し、佐奈の限界寸前で美紅に声をかけるように提案してはなみずき25の現場へと去っていった。
最年長としてこのグループに在籍している美紅は、最近の自分の行動を振り返りいかに余裕がなかったかを痛感した。自分に懐いてくれているこの娘が、ここまで追い詰められていることにすら気が付かなったのだから。
そして思う。
じゃあ美祢の、あの頑張りすぎてしまうほど頑張っているあの年下のリーダーのフォローは誰がしているのだろうかと。
心配してしまう。
美祢が折れてしまいそうな時、自分には気が付くことができるのだろうかと。
◇ ◇ ◇
「美祢ちゃん、これ台本ね」
「ありがとうございます。松本さん」
移動中、美祢は久しぶりに見たマネージャーから台本を受け取る。
美祢の中ではこうして移動に車を出してもらうだけでもありがたいのに、マネージャーを独占できるなど1年前には夢にも思わない好待遇だ。
「あれ? この企画……」
「ああそれね。ホントはかすみちゃんでやるはずだったんだけど、やっぱりモデルのいるはなみずきでやる方がって話になっちゃったんだよね」
台本に書かれていたのは、@滴主水コーディネート対決だ。
本来なら発案者の上田日南子のいるかすみそう25でやるはずだった企画。
それが、いつのまにやら『はなみずきの木の下で』の企画として進んでいた。
「ああ、しょうがないですよね」
美祢はしかたがないと思いつつも、あとで日南子の怒りが主に及ばないようにフォローしないとと頭の中のスケジュールに刻み込む。
「でも、男性のコーディネート対決なんて良いんですか?」
「ん~、それを言ったらかすみちゃんの方も同じだし、それにかすみちゃんの方が@滴先生との距離近いじゃない? まだはなみずきの方が安全に見えるってことみたい」
「……そうですか」
美祢はふと自分の立ち位置を考えてみる。
おそらく両グループで一番佐川主に近しい関係なのは自分だ。
花菜も好意を抱いていることを口にしていたが、関係性は多分勝っている。もっと言えば花菜よりも日南子のほうが関係性は高いかもしれない。
自分の本音をカメラに乗せることはないが、どっちでやろうと結局は自分は主と会う回数は増える。
こう思ってはなんだが、自分はなんて都合のいい立場を手に入れたのだろうか。
「美祢ちゃん、すっごい笑ってるけど……どうしたの?」
「いえ……なんでも、本当になんでもないです」
台本で顔を隠しては見たが、笑みまでは隠すことはできない。
これも役得てやつだよね。そう思うとかすみそう25のメンバーたちには悪いが一人自分の幸せを噛みしめてしまう美祢がいた。




