八十二話
「いや、そうかそうか。あの先生ってあんたのことか!」
収録が終わり、ようやく着ぐるみを脱ぐことの出来た主は改めてアリクイと糸ようじの二人に挨拶をする。
「すみません! うちのメンバーの悪ノリに付き合ってもらって!」
「いやいや。貴重な体験だったよ」
「先生。俺らからもお願いするから、ちょくちょく来てよ!」
「いや~! 勘弁して下さいよ~!」
この場にいたのは、アリクイと糸ようじの二人と主と美祢の四人。
山賀は@滴主水と会話をしながらも、美祢を視界に収めてその反応を見てしまう。
これはお笑い芸人というよりMC業の性なのかもしれない。どうしても、少人数ならなおさら全員に言葉を発してもらいたいたくなる。
どうしても山賀には迎える側の心理が働いてしまうのだ。
しかし、山賀はあえて美祢には話を必要以上に振らない。立場的に言えばこの目の前の小説家がゲストの位置に一番近いから。
そして、美祢たちかすみそう25に近いこの男をどう判断するか決めるためにも、もっと話を聞かねばならなかった。
だか、話していくうちにどこか言い様のない既視感を覚えてしまう。
@滴主水とは似ても似つかない、自分たちがよく知るあの男に見えてくるのだ。最初は@滴主水のせいかとも思った。
すぐさま違うと記憶の中の何かが否定してくる。
そうだ。既視感の元は美祢だ。
奇妙だが間違いがない。坂本に目で問いかけても坂本も同じ答えに行き着いてしまうようだ。
10年前、弟のようだった後輩芸人の片桐雷太。その隣りにいた、今は雷太の嫁となったあのアイドル。
あのアイドルの娘に、そっくりな雰囲気を美祢から感じてしまう。
美祢とあの娘とでは大分違う。顔もスタイルも、そもそも年齢だって違う。それは理解出来ているのに、何故だかダブる。
いや、そうじゃないだろうと山賀は、自分を叱咤する。
あの時のように、恩義あるこの娘を片桐のようにしてはいけない。
認めるしかない。自分たちから見てもアイドル賀來村美祢は、この男@滴主水に恋をしている。
坂本を見れば、やはり自分と同じ答えになったのがわかる。
ならば、守るべきは美祢でしかなかった。
言葉巧みに@滴主水の答えを、ネガティブな発言をしてしまうように誘導していく。
「そうですよね~。さすがに年ですかね?」
山賀は@滴主水にも違和感を感じる。
男なら誰しも、惚れた女性の前では格好を多少なりとも付けたがるものだ。だが、この男にはそれが無い。
もしや、この二人はそんな関係をとうに超えているのか? そう疑ってしまうが少なくとも美祢の反応を見るとそうではないらしい。
格好のつかない情けない話でも受け入れて、それでも好きだという雰囲気を崩さない。
もしかしたらこの美祢という少女、将来は女傑として芸能界に君臨するかもしれないと思わせる大器ぶりだ。
だが、これで確証が得られたと山賀は思う。
@滴主水は大人として正しい判断をとれる常識人。美祢はそんな@滴主水に一方的に思いを寄せているだけ。
いわゆる片思いというやつだと。
@滴主水が帰ると、ひとまずのミッションは終了する。
そして収録の礼を言って、背を向けた美祢に山賀は思わず声をかけてしまう。
「賀來村ちゃん、あの人は難しいと思うよ?」
その言葉に、美祢の足が止まる。
「知ってます。だから、口には出しません」
「そう? ならいいんだけど……」
返事を返しながら、山賀はやってしまったと反省する。
年若い美祢ぐらいの年齢の娘に、ただでさえ難しい恋路をより困難に見せてしまったら、その炎はより燃えてしまうのではないか。
美祢の反応はそうではない。明かに自分は諦めていると背中が語っている。
「口にはしないので……」
それだけ言って、美祢は走り去ってしまった。
「山。自分から裏の仕事やり辛くして、面白い?」
「ゴメン。同じ年ごろの子供持ってると、つい言っちゃうね」
アリクイと糸ようじの二人は、自分たちの受けた仕事の困難さを改めて痛感するのだった。
◇ ◇ ◇
「大将。アリクイと糸ようじから報告が来ています」
「読んでくれるか?」
立木は安本に促されるまま、手元のメモを読み上げる。
「『賀來村美祢は@滴主水に恋をしている可能性大。ただし現状打ち明けることは無いだろう』だそうです」
「@滴君の方は?」
「そちらは今現在、賀來村を意識している様子はないようです」
安本は意外そうな顔を立木に見せる。
「本当かい? 本当にそう書いてある?」
「はい」
確認が返ってくると、安本は難しい表情を浮かべる。
「賀來村はどうしましょうか?」
「どうって、何もないさ。そのまま放置」
「よろしいので?」
今度は立木が難しい表情を見せることとなる。
「立木、アイドルを一番可愛く見せるにはどうしたらいいと思う?」
安本は思案顔のまま、立木へ問を投げる。
「さあ?」
「お前も俺の後釜狙ってるなら、少しは考えろ。……まあ、答えは簡単。恋をさせる事さ」
立木は押し黙ったまま口を開かない。ただし顔はお前が言うか? と雄弁に語っている。
「くくく、まあ、そんな顔になるよな。だがな、よく言うだろ? 女の子は恋をしているときが一番かわいいって。それだよ」
「それは一般論では?」
「あの娘たちのお客は誰だ? 一般だろ? なら、一般論で十分だ」
立木は納得できていない表情を隠さない。
「思い出してみろ。俺は恋愛はさせるなと言ったが、恋をさせるなとは言っていないぞ」
「……まあ、確かにそうでしたね」
安本は立木に背を向け会話を続ける。
「お前も昔の俺みたいに、自分が矢面に立つことも覚えないと駄目だ。彼女たちの真正面にな」
「真正面から行き過ぎて、今の奥様でしたね」
「っははは! 確かにそんな時もある。ならその失敗例を踏まえて上手くやってみなさい」
立木は深く頭を下げて退室していくのだった。




