八十一話
「どう? 完璧でしょ!」
坂本の問いかけの勢いに圧され、無言のまま頷くことしかできない美祢。
「え~! 東京都出身とかさ、高校1年生だとかさもっと色々あるじゃん。減点だよね?」
「なに!? 何減点って!」
完全に台本にない展開、しかもMCの二人が好き勝手に進めていく状況。
もしかしてドッキリなのでは? そう思いスタッフを見てるとスタッフ側も若干の焦りを見せている。
「じゃあ~こうしよう! 俺と山賀、二人で交互にメンバー紹介してメンバーに点数付けてもらうの。で、点数が多いほうが勝ちね」
「お! いいよ。いいよね? じゃあ俺の番?」
「おいおい、先ずは賀來村さんに点数貰わないと!」
「じゃ、賀來村さん。今の紹介……何点!!」
いきなり振られてテンパりながら、カメラとアリクイと糸ようじの二人を交互に視線を促す。
ディレクター本間は、美祢に早く点数を言えと指示を出している。
「あ、……な、7点で」
「10点満点かな? まあ、最初だからね。リーダーの紹介が基準にね。さて、次! 私山賀に紹介してほしい人……挙手!!」
急きょ始まったMCによるメンバー紹介バトルは、一進一退の好ゲームとなった。
そして最後の日南子の紹介も終わり、勝負は山賀の勝利で終わった。
「はい! って言うことで、今回は急きょ企画を変更して僕たち主導でメンバー紹介をさせてもらいました! スタッフさんも無理言ってごめんなさいね」
「え~、ここでね。かすみそう25の皆に俺たちからお礼を言わせてほしいんです」
MC席から立ち上がり、アリクイと糸ようじの二人はメンバーの前に進んでいく。
御礼と言われても、かすみそう25のメンバーは誰も何をしたのか思い当たる節は無い。
「君たちのお陰で、随分と長いこと音信不通になってた弟たちが僕らのとこに来てね。ようやく和解することができたんですよ」
「そうね、俺たちも随分頑固になっちゃって。許すに許せない状況になっちゃってたからね~」
山賀と坂本はかすみそう25のメンバーに向かって頭を下げる。
「本当にありがとう。君たちがいなければ、あいつらとまだ喋れなかったのかと思うと……」
「本当に……本当にありがとう!」
かすみそう25のメンバーにも、この場にいたスタッフもわからないだろうと本間は思う。
あの日青色千号の二人に告げた後、あの二人が、さんざん迷惑をかけ謝りに行くのさえ憚られるようになった兄の下へ彼女達のことを託しに行ったということを知りはしないのだろうと。
10年……10年固まりに固まった、永久凍土の様に冷たく硬くなった二組の関係を彼女達をきっかけに関係性豊かなあの頃の4人に戻った。
本間は人生ではじめて収録中に涙を流していた。
それはうれし涙でもあり、自分ではできなかったことを成し遂げた少女たちに対する感謝の涙だった。
「良くも悪くも男は、……女に変えられるもんなんだな」
「本間さん、何か言いました?」
「何でもない、ほら! 前代未聞なシーンだ! 撮り逃がすなよ」
本間は涙をぬぐい、部下たちに指示を飛ばす。大御所と呼ばれる芸人が、新人のアイドルに頭を下げるシーンなどそうそう撮れるものではない。
訳の分からない者が見たとしても、このシーンだけで注目せざるを得ないだろう。
大御所が自分たちのプライドを捨てて、作り上げたこの画は何としてもオンエアすると固く誓う本間。
「本当に本当にありがとう……でさ、収録の始めから気になってたんだけど……。アレなに?」
山賀が指差したのは、メンバーのいる雛壇の一番端にいる大きなブタのぬいぐるみだ。
いや、前足からは人の手が出ていることから、着ぐるみだと言うのがわかる。着ぐるみは、アリクイと糸ようじとかすみそう25とのやり取りの間、必死にその存在感を消すことに心血を注いでいた。山賀に指摘されてもなお微動だにしない。
「賀來村さん、アレ誰?」
山賀に問われて視線が泳ぐ美祢。だか、スタジオ中の誰も美祢に目線を合わせる者はいない。
覚悟を決めた美祢は、大きく息を吸い込みしっかりと山賀の目を見て答える。
「あのヒトは、あ、アットくんです」
「……だから、誰?」
日南子たち年少組は、伝わらないかぁ~、といった表情を見せるが美紅たち年上組は、でしょうねと年少組を見ている。
アリクイと糸ようじの二人は、スタッフから答えが出てくると思い見渡すがカンペを書くのが間に合っていない。
そんな一瞬生じてしまった間。そこに聞くからに読み上げソフトといった声が響く。
「僕はかすみそう25の公式マスコット、アットくんだみゃ~」
「いや、いやいや。その見た目でにゃ~はないだろ!」
アットくんと名乗るブタは、慌てて手元にあるパソコンのキーボードを叩く。
「マスコットだワン!」
「いや、犬でもないしね!」
まるで話が違うとでも言いたいように、着ぐるみの頭を触ったり、スタッフに確認をしている。
「ヒヒン? クマ~? ブーどれ?」
最後には読み上げソフトを使って、スタッフに確認する始末。
先程までの湿った空気は、スタジオの外に退散してしまったようだ。




