表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/405

八十話

 かすみそう25の冠番組、収録当日。ディレクターとアリクイと糸ようじは、台本片手に最後の打ち合わせをしていた。

「あのさ、ここなんだけど。変えていいかな?」

 山賀が軽い調子で台本の変更を口にする。引きつった表情を見せるディレクター本間は、確認すると言いながら作家を呼び出す。

 本間が即答できない案件を、一放送作家が決定権を持つわけはない。

 本間は協議の末、変更したという言い訳を作りたかっただけだ。

 大御所のアリクイと糸ようじ、出演の調整だけでかなりの労力を強いられた。変更を飲まないで大御所の気分を害することはその後の番組作りに影響を及ぼす。

 結局言われるがまま、演出を変更することになる。本間の背筋に冷たいものが流れた。


 ◇ ◇ ◇ 


「は~い! 始まりました、新番組『かすみそうの花束を』司会のアリクイと糸ようじで~す! よろしくお願いしま~す」

「お願いします!」

 広々としたスタジオに大御所芸人二人だけで始まったオープニング。

 オープニングトークは始まるが、肝心のかすみそう25の姿はない。

「……とね、オッサン二人でだらだらしゃべっていても仕方ないですから、早速ね。歌ってもらいましょう! かすみそう25で、『例えばあなたが倒れたとして』」


 イントロがはじまり、走り込んでくるかすみそう25のメンバーたち。

 短い布を何重にも重ねたようなスカートをひるがえし、美祢だけが中心で立つ姿で始まるかすみそう25が、世に最初に送る楽曲。

 傷つき倒れた友を、その眼前で身を挺して守る友の歌。

 倒れたとき手を差しのべることはできないが、立ち上がる時間稼ぎならするから、自分で起き上がる勇気を魅せてほしいと願い唄う。

 そんな歌を唄う美祢の頭のなかは、メンバーのことで一杯になっていた。

 ダンス中にメンバーの状態を知るのは難しい。代るがわる動く立ち位置で、美祢の視界に入ってくるメンバーの表情。ターンの時のメンバーの動き。

 ほんの数秒の情報を元に、現在のメンバーのコンディションを確認する。

 美祢は笑顔で、ランプのついたカメラに目線を送る。

 うん、大丈夫だと美祢の表情は言っている。

 

 最後の一音に合わせて上がる8本の右手。

 初披露としては成功と言って良い出来のパフォーマンスだ。

「ありがとうございます、結構激しく踊るんだね! オジサンびっくり!」

「ホントホント、ね? ここの時とかどうやってるの?」

 アリクと糸ようじの二人は、まるで数回共演したことがあるかのようにメンバーにマイクを向ける。

 よりにもよって肩で息をしているメンバーに。平然としている美祢には目もくれない。

 メンバーたちは呼吸を整えながら、必死に答えている。美祢はそれをただ笑顔で見つめているだけだ。

「はい、じゃあみんなには席についてもらって、初回の企画に行きますかね? 坂本君、タイトルコールお願いね」

「ハイハイ、私ってこんな人! メンバー自己っ紹介~~!!」

 かすみそう25のメンバーは、急ぎ席につくと坂本の声に合わせて拍手をして何とか盛り上げようと動く。

 残念ながら先輩たちのはなみずき25のようにガヤを入れる元気まではない。


「え~と、それなんですが……やりません!!」

「え?」

 山賀の言葉にスタジオが凍りつく。先程から笑顔でいた美祢も流石に表情を変える。先程までのやり取りは、あくまでも台本の中に書かれていた、進行通りのやり取り。

 しかし、山賀の言葉は少なくとも美祢たちかすみそう25のメンバーがもらった台本にはない。

「自己紹介してもらうだけじゃ、まあ、バラエティーとしては面白くないじゃないですか?」

「アイドル番組の初回なんだから、普通自己紹介だけどね……はい」

 山賀の言葉に反論する坂本に無言のツッコミが入り、言葉を引っ込める。

「って言うことで、坂本君にメンバーの紹介をしてもらおうかな! ……紹介してもらいたい人、挙手!」

 山賀はかすみそう25のメンバーにカメラを向けさせるが、メンバーは誰も動こうとしない。

 仕方なく美祢は、是非とも紹介してほしいといった勢いで手を上げる。

「お! 勇気ある娘が、二人も。うれしいね~!」

 美祢がメンバーに目を向けると、緊張感を何重にも重ね着した美紅が手を上げていた。


「ま、ここはリーダーから行こうか。賀來村さん、前に来て」

 山賀に指されて中央の壇上に上がる美祢。

 隣に坂本がゆっくりと歩いてくる。

「じゃあ坂本君。30秒で賀來村さんを紹介してちょうだい……っスタート!!」

「え~、賀來村美祢さん。16歳……だよね? かすみそう25のリーダーで、はなみずき25のメンバーでもあります。お姉さんグループはなみずき25のセンター高尾花菜さんの幼馴染み。趣味は読書で、特に縁のある@滴主水先生の大ファン。ドッキリは苦手で何度も泣いています。……で、付いたあだ名が泣き虫みね吉。ダンスの得意なかすみそう25のセンター兼リーダー! どう!」

「あと五秒!」

「え? あ~あの、あれ。頑張りやさん!」

「終~了~! ……どう? あってた?」

 山賀の笑顔の問いに、声で答えることが出来ずに頷く美祢。

 美祢が幼い時からテレビで見ていた大御所漫才師。元々自分たちを知っていたとは考えづらい。

 自分たちのプロフィールを暗記してきたのか? と、驚いて声もでない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ