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七十八話

 はなみずき25の冠番組、『はなみずきの木の下で』のMCを勤めている中堅芸人のコンビ、青色千号の楽屋は静まり返っていた。

 先程までやっていた『はなみずきの木の下で』の収録で思うように、つぼみのメンバーに注目を集めることもできなかったにも拘わらずリーダーの美祢と碕木美紅に、メンバーからだと寄せ書きが渡された。


『初めてのことばかりのテレビ番組の収録で、緊張していた私たちを気遣って話をしてもらえてとても嬉しかったです。先輩方と先生の掛け合いは、すっごく勉強になりました。またどこかでお会いできたら、その時はよろしくお願いいたします。 碕木美紅』


『人見知りでちゃんとしゃべれない私にも毎回声をかけて下さってとても嬉しかったです。先生の言葉を忘れないように、新番組でもがんばっていきます。 上田日南子』


『チャンスをいただきながら生かすことが出来ずに申し訳ありませんでした。新番組では、もっと前に出ることを意識してがんばってみようと思います。 矢作智里』


『上手くしゃべれないとき、「ゆっくりでいいから」って励ましてくれたことは忘れません。新番組ではもっと伝わるように話をしていきます。ありがとうございました。 東濃まみ』


『泣いてしまった時に笑いに変えてくれてとっても嬉しかったです。新しい番組ではできるだけ泣かないように頑張ります。 橋爪有理香はしづめゆりか


『緊張で声が出せない私を、カメラに映るようにイジッて下さったお陰でようやく番組に参加できるようになりました。「緊張してる姿も面白いから気にしないでいい」ってなぐさめていただいたことは忘れません。いつか成長した姿を見ていただけるよう頑張ります。 匡成公佳まさなりきみか


『企画を怖がっている私に「失敗してもそれがいいんだよ。アイドルなんだから」って声をかけていただいてから番組が本当に楽しくなりました。この番組が本当に好きでした。 荻久保佐奈おぎくぼさな


『みんなを打席に立たせようとしてくれたこと、本当にありがとうございます。MCとして平等に接してくれたことは、みんな感謝していると思います。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。 賀來村美祢』


「何がMCだ……、こんなに不甲斐ない仕事しかしてないのによ!」

 ツッコミ担当の片桐雷太かたぎりらいたは自分のひざに拳を振り下ろす。

「全くだよね。彼女たちにもっと何かできたよね……」

 ボケ担当の小向幸次こむかいこうじも相方の言葉に同意を示す。

「おいおい、お前たちにだってどうしようもないものだってあるさ! こんなことで落ち込んでたら、……本番の時に割り切れなくなるぞ」

「本間さん! あの子たちにとっては今日がその本番だったんですよ! それなのに、……それなのにさ!」

 ディレクターの本間はため息を吐きだして、机に放りだしてあった片桐のタバコを奪い火をつける。

「本間さん。いいの? やめてたんでしょ?」

「こんな話するのに、見てるだけなんて耐えられるか! ……あのな、まだ出会って1年にも満たない彼女達との別れに涙できるおまえらが、道徳的に正しいのはわかる。だがな! そんなんではなみずき25のメンバーの時どうするんだ!? その次の週だって収録はあるんだぞ? 高尾花菜だって賀來村美祢だって、いつかはアイドルじゃなくなる時は来るんだ、はなみずき25が存在する限り別れてもその次の収録は来る! それに感傷的になってMCできんのか?」

 本間の言葉に片桐は唇を噛みしめる。

「けどさ、本間さん。……俺たちはさ、恩返ししたいんだよ。あの子たちにも、安本先生にもさ」

 小向はなんとか本間の方を向き、想いを口にする。

「……そうだ、この番組に拾ってもらった恩を返したかったんだよ!」


 青色千号はデビュー当時からテレビに出続け、いくつもの冠番組を持っていた。しかしあるスキャンダルのせいでそれらは全てなくなった。すべてを失ったのだ。

 売れない下積みの経験のない彼らにとって、初めての挫折。そのこと自体は自業自得な部分もあるので、納得はしている。

 そのスキャンダルのせいで中堅と呼ばれる年数を前に、くすぶっている時間はそれなりに長かった。

 そんな時、放送作家としての顔も持つ安本源次郎の一声で、はなみずき25の冠番組「はなみずきの木の下で」のMCに抜擢された。

 久しぶりのテレビ番組。自分達が主役ではないが、のどから手が出るほど欲しかった仕事が舞い込んできた。

 趣旨を理解し、アイドルたちにスポットライトを向けさせる日々は青色千号の評価にもつながった。

 この2年で青色千号をテレビで見いない日は無い。再びあの時の日々が返ってきたのだ。

 だからだろう。他の番組で彼等が共演した時、なみずき25のメンバーも生き生きと番組に参加し、お互いのエピソードトークで、番組に貢献できるという姿をお互いのファンに見せることが多くなった。


 いつの間にか、はなみずき25のファンからは『他番組で披露するための塾が冠番組』と感想をもらうようになる。おかげで、はなみずき25のファンからは塾講師のあだ名で呼ばれるようになった。

 青色千号は、はなみずき25と安本源次郎は自分達をテレビに呼び戻してくれた恩があると感じている。それは妹分であるつぼみのメンバーにも感じていた事だった。


「頼む! 頼むよ本間さん! あの子たちの番組MC、あんたなら知ってるだろ?」

「言えるわけないだろ!」

 青色千号の二人が楽屋の床に頭をこすりつけて動かない。

 本間は久しぶりに口にしたタバコをもみ消すと、スマホを手にする。

「言えないんだよ!」

 本間は口を閉ざす。

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