七十六話
「目指せレギュラー獲得!! 声優オーディショ~~~~ン!!!」
新曲のフォーメーション発表の翌週。はなみずき25の冠番組ではとある企画が行われていた。
新曲のタイアップと同時進行で行われたこの企画。はなみずき25のメンバーによるアニメ『疾風迅雷伝』の声優オーディション企画だ。
アニメ監督とアニメの音響監督、原作者の@滴主水と漫画の作画担当ピザ時計廻りがゲストとして呼ばれ、アイドルバラエティー番組のわりに極めて真面目にオーディションを行うというものだった。
新曲発表前から、ボイスサンプルを撮り当日の演技審査用の台本もアニメ制作サイドが用意する真面目な企画。
MCの芸人は非常に苦慮していた。
本当にガチのオーディションをするアニメ制作サイドと、バラエティー番組として成立することを望んでいる番組制作サイドの板挟みとなってしまった。
しかも、かすみそう25としてデビューする7人はこの企画を最後にこの番組を卒業という形になる。
アンダーとしての苦労を見てきたMCは、なんとか最後に花道を用意してやりたいと思うのが情というものだ。だがそれができないでいた。
「ユメっち、休憩やって」
「あ、あいリー」
「どうしたん? 今日元気ないやん」
渋谷夢乃はフォーメーション発表からずっと悩んでいた。
「あ~、あいリーには言わないとか……ちょっと限界かな……ってさ」
「限界? なにに?」
「私らさ、本来なら女優やってたかもしれないわけじゃない? でも、花菜の一言でアイドルになってさ。楽しかったんだよ、アイドル。……でも美祢を見てたらさ、私ってアイドルの素質なかったんだなって……痛感しちゃったんだよね」
夢乃の顔はまだ辛うじて笑っていた、それは渋谷夢乃というアイドルの最後のプライドだったのかもしれない。
渋谷夢乃は幼いころ子役として芸能界に入った。最初は親に連れられて、単なる習い事の一つ程度の認識だった。しかし、舞台の役争いでどうしても勝てない子役がいた、どうしても勝ちたい。それが原動力となり、役者の仕事に幼いながらも邁進していた。
競い合うライバルがいて、自分も役者という仕事が好きになりかけた時、そのライバルはあっさりともらった役を辞退して芸能界を引退してしまった。
代打として公演に参加した夢乃は、なかなかに好評であった。しかし、本人は納得がいかなかった。
あの子に勝てていない、それが胸に刺さった棘となり評価を素直に受け入れられなかった。
そんな時、今の事務所に声をかけられ紆余曲折を経て、今はアイドルとして活動している。
もうすぐ20歳になろうとして、これからの自分の人生を考えればアイドルを引退するのもありかもしれないと考えるようになってしまった。
「みんなはさ、美祢がかなり番手上げたことに注目するけど。ゆっくりだけど上がってる娘もいるんだよね。それに比べて、私はアルバムの時から2回も番手が下がった。スカウト組唯一の3列目。今のドラマも終わったら次ないし、バラエティー番組に呼ばれるタイプでもないしさ……もう終わってるのかも」
必死に作っていた笑顔は、自分の言葉で簡単にはがれてしまう。
夢乃はぼやける視界に苛立っていた。泣くわけにはいかない、休憩中とはいえ現場で泣くのは演技の時だけ。それが夢乃の役者としての矜持だった。しかし、そんな拠り所も今崩れ去ろうとしている。
「アホ抜かせ、悔しがって泣くような奴が負けたまま引き下がるわけないやろ」
小山あいは、夢乃の顔が他の誰にも見えないように夢乃の頭を抑え込む。
「私も下がってるけどな、このまま引き下がる気はないよ? 花菜にだっていつか勝つ! 私らをアイドルにしたあの生意気娘に勝って、堂々と役者の世界に殴りこみかけるんやから」
「花菜に? ……どうやって」
「あの娘にできないことをやるしかない、例えば今お蔵入りになりそうなこの企画を成立させるためにピエロになる。……とかな」
夢乃にはあいの表情は見えない。しかし、その顔はおそらく笑顔であろうと予想が出来た。
運だけ持っている小山あいのキャッチフレーズは、嘘なのを渋谷夢乃は知っていた。オーディション組が入ってくる前は、レッスン場のヌシは小山あいだった。苦手とするダンスを人並以上に引き上げるため、何足も靴を履きつぶしていた。あのアイドルカーニバルの衝撃の中でも美祢の横で踊れていたのは、そんな地道な積み上げがあったからだ。
「花菜にできないこと……私にできること」
「そうや! あの娘も完璧やない、本番でイジられてむくれたりするしな。あの娘になら、花菜にならまだ勝てる要素はある! ……ただ、ユメっちが思い描く成功ではないかもしれん。私の成功する未来ではあるけどな」
「それ私じゃないと駄目なの?」
「ユメっちみたいな演技力が必要やねん。他の誰でもないあんたのな」
渋谷夢乃は衣裳の袖で、目を押さえあふれそうになっている涙を吸わせる。
「仕方ない、演技プラン聞かせなさいよ。生意気盛りの娘たちに年上の実力教えてやるんだから!」
休憩後、スタジオは意外なほど和らいだ空気で収録が行われた。
夢乃が今まで見せなかったポンコツぶりを披露し、それに鋭い一言で小山あいのガヤがはまり、MCのフォローでメンバーが笑いだす。
審査していたアニメ制作サイドの面々も、空気に飲まれ明るくバラエティー的なダメだしを口にするようになる。
次第に他のメンバーも普段通りの行動を見せ、ようやく番組が元の番組として始まったのだった。




