七十四話
「大変申し訳ありませんでした」
主と佐藤は、ソファーに座る安本とその後ろに控えている立木に頭を下げる。
安本は立ち上がりはしないものの、二人の謝罪に困惑した表情を見せる。
「やめなさい、二人とも。君たちが悪い訳じゃない、@滴君だってあの娘たちをかばって言ったことじゃないか」
「いえ、それでもあの場は黙ってやり過ごすべきでした。今この時期は特に」
主と佐藤は、ボイスレコーダーの音声を聞かせたうえで謝罪をしていた。アニメ化はもちろんだが、動きはじめたばかりのかすみそう25の名前も炎上騒動の中に出演している。本来ならデビューアルバムの名前と共に一般に知れ渡っていくはずの名前が。
「彼女たちにも直接謝罪はしますが、今は早急に安本先生にお伝えしなくてはと」
今度は安本も立ち上がり、主と佐藤の下がっている肩を数回叩き、力強く自分の方へと引き寄せる。
「大丈夫! 大丈夫だから! 正しいことを言っていると理解してくれる人は、絶対いるからな! 腐るんじゃないぞ! @滴君! 作品のことも作品外でのやらかしも全部作品で償っていきなさい、わかったね」
「はい、肝に銘じて邁進して参ります!」
主の言葉に優しい表情で、うんうんと大きく頷き肩に置いていた手に再び力を込める。
◇ ◇ ◇
主と佐藤が帰った部屋に、ボイスレコーダーに入っていた音声データが流れている。
帰り際立木が、佐藤に無理を言ってコピーしたものだ。
「困ったね~、実に困った。なあ立木」
「はい」
薄暗くした部屋に主の声が流れ続けている。
「彼のアニメのオープニングをはなみずき、エンディングを賀來村美祢率いるかすみそうで飾ってあげる計画だったのに。話題性はそれなりに期待できたな?」
能面のような表情の安本の問いに、立木はゆっくりと答える。
「はなみずきもアニメのタイアップは初でしたし、妹グループのかすみそうと並べば話題性は高かったかもしれません」
「だよな~、高々炎上程度で手放すのは惜しいよな?」
「はい」
安本は立ち上がり、西日の差し込む窓に立ち光を遮断していたブラインドを歪ませて外を眺める。
「ふむ、これを大々的に報じさせて直後に真相が出てくれば、アニメ化また動くよな?」
「大将の一言さえあれば」
「お、そう言えばアレがいたな?」
さっきとは一転して、面白いいたずらを思い付いた子供のような笑顔を見せる安本。
「はなみずきを探ってたカストリ、アレを使おう! アレの処分もできて一石二鳥じゃないか!」
「いつでも動けますが?」
「今日は何曜日だ?」
立木は、自分の腕時計に目を落とし答える。
「水曜日ですね」
「間に合うな」
その言葉を聞いて、立木はどこかへ電話をかける。
「借りは返したからね、@滴君」
安本は再び西日の差し込む街並みに視線を戻す。
週末、主や編集部の面々が対策を検討するため、弁護士含めて反応ができない間も炎上は続けている。
いや、規模は大きくなった。
何故なら、ある週刊誌の1誌がどこからか騒動を聞きつけたのか、大々的に報じたのがきっかけだった。
テレビも一社だけが、しつこく毎昼に出ると勝手に思われている謝罪の言葉を予想している。
相手方の主張しか聞かず、二社とも主の側には一切取材にも来ない。
「まさか自分がフェイクニュースの被害に遇うとは思っても見ませんでしたよ」
「ま、たまたま国会で取り上げられただけの元は三流誌ですからね、ジャーナリズムとか自惚れてますけど、実態はこんなものです」
呆れている主にさらに呆れている佐藤が答える。
「まだ動かないんでしょうか?」
「相手が増えると意気込んで、そちらの弁護士とこちらの弁護士が悪だくみ中です」
「はぁ~、あっの馬鹿潤め!」
白熱している側は良い、だが、待つだけの時間を過ごす側は少しずつ、味方にもイラつき始めていた。
ようやく主側も動き出そうと、勝手に重くなっていた腰を上げようとした矢先、とある動画が世間の注目を集めた。
タイトルは読唇術。とある男女がなにやら喧嘩をして女がホテルのロビーらしき所から立ち去っていく動画だった。
そこにまるで音声から書き起こしたかのような、字幕が付けられていた。怪しいぐらい口元をアップにして輪郭にはモザイクがかかっているが、それは間違いなく主と淡路本人だった。
最初は意味のわからなかった者も、動画の最後にかすみそう25の面々が記者会見の待機をしている様子を発見してしまえば理解で来てしまった。
記者会見前に撮られたテレビカメラによる映像なんだと。
そこまで理解で来てしまえば、淡路のアカウントには多数の人々が押し寄せる。
『この動画、会話の内容は本当なのか』と。
主側も同じ会話の内容の音声データを公開すれば、炎上の矛先は淡路のアカウントに変わる。
そして淡路はアカウントを消してSNSから逃亡してしまえば、あっという間に炎上騒動など無かったかのように人々は日常へと帰っていく。
一つの番組と一つの雑誌の消滅だけを残して。
各方面からも早々に示談の打診が舞い込み、麻生潤たち弁護団は残念そうに解散となった。
そして、何事もなかったかのようにアニメ化の企画は再始動するのだった。
「佐藤さん、やっぱりフィクサーって怖い人ですね」
「いや、まったく。アイドルのためにここまでやりますかね普通」
すべての真相に行きついた主と佐藤だけが、その恐怖を知るのだった。




