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七十一話

「ん‥‥‥あれ?」

「美祢パイセン、大丈夫ですか!」

 美祢が目を開けると、美紅が顔を覗き込んでくる。どうやら美紅の膝まくらをされていたようだと気が付く。

「あ、ごめんね。悪い夢を見たよ、先生に奥さんがいたなんて……」

「奥さんはいないけど、多分悪い夢は続いているね」

「え? ……せ、先生」

 周りを見れば、喫茶店のテーブル席でソファーに寝かされていたことを知る。さっきまで膝まくらをしてくれていた美紅はソファーの上で正座している。

「え? ど、どうしたの?」

 反対側を見れば、椅子の上に正座している智里と日南子が小さくなっている。

「どうしたは、こっちのセリフなんだけどね? 美祢さん」

 穏やかな口調ではあるが、明らかな怒気が混じっているのがわかる。美祢の身近で言えば、教師がたまにやる盛大に怒られる前振りのようなものだ。

 それを察した美祢も美紅を習い正座をして、主の言葉を待つ。


「あのね、慕ってくれてこうして外でも来てくれるのは、正直嬉しいけどね? お仕事の邪魔をするのは違うと思うんだ。僕は」

「……はい」

 主の言葉に誰も反論もせずに、美祢たちは素直に頷く。

「……はぁ、一応紹介するけど、こちらはピザ時計廻り先生。僕の小説のコミカライズ担当の作家さん。僕も今日が初対面だから、みんなも失礼のないようにお願いね」

 主の言葉に美祢たちが、立ち上がって頭を下げる。

「ピザ先生。この子達は僕の仕事仲間で……」

「あ、知っています。かすみそう25のメンバーさんですよね?」


 そして一人一人名前を正確に答える、ピザ時計廻り。

「で、この子が上田日南子ちゃん、ヒーちゃん久しぶりね」

「え! お知り合い?」

 ピザ時計廻りの言葉に、主も驚きの表情を浮かべる。

 当の日南子は、いったい誰だろうか? という表情を隠そうとしない。

「ヒナ、知り合いなの?」

「うん~? えっと……、ん~?」

 さんざん悩んだ挙げ句、日南子はピザ時計廻りにおもむろに近寄り、その髪の毛の匂いを肺一杯に吸い込む。


「真衣お姉ちゃん?」

「よかった~、思い出してくれた~!」

 急な展開に付いていけない主は、智里と美祢に近寄り小声で訊ねる。

「日南子さんって、お姉さんいたんだ?」

 確かに日南子の言動を考えれば、どことなく末っ子気質なのは納得出来る。

 しかし、そんな話は日南子から聞いたことがなかった。

「いえ、ヒナは一人っ子のはずです」

「え? じゃあお姉ちゃんって?」

 答え合わせを待っていると、ピザ時計廻りは日南子の肩を抱いてみんなの方へ向きを変える。


「私たちいとこなんです。五つ上の私が一番年の近い従妹なんで、よく一緒に遊んだんですよ」

 ねーと、二人が首を傾ける姿は、本当の姉妹のようだ。

「真衣お姉ちゃん、本当に変わったね~、全然気が付かなかった」

「@滴先生のお陰なの~」

 キャピキャピと一言ごとに飛び、はしゃいでいるピザ時計廻りと日南子。

 しかし痩せたのが主のお陰という言葉に、美祢は内心穏やかではないが正座をしている現状踏み込むことができない。

「先生のお陰ってどういう意味!」

 我慢できないのは美紅だった。美紅の声に美祢は心の中で賞賛を送る。

「僕のせいっていうか、修羅場のせいでしょ……」

「……修羅場!」

 主と美紅の言葉の意味は少し違っていた。

「忙しくなったら、自然と痩せちゃってね」

「そうなんだぁ~!」

 日南子は主に向き直り、昨日のあの表情を主に見せていた。


「先生? 修羅場ってなんですか? また日南子たちは、悲しまないとダメですか?」

「ひぇっ! ち、違う違う! 修羅場って男女のことじゃなくって〆切のことだから! 仕事が増えたって意味だから!」

 主はメニューを盾に近寄る日南子を阻もうと、必死に弁解を始める。

「本当に?」

「本当に本当!」

「なぁ~んだ! それならそうと言ってくださいね~」

「は、はい」

 あまりに瞬間的に変貌する日南子が、主の脳裏に深く刻まれてしまう。

 どっと疲れてしまった主は、美祢と美紅に正座を解かせると自身は椅子に体重を完全に預けてしまう。


 そんな主に1本の電話が。

 相手は担当の佐藤からだ。

 正直、今この状態で佐藤の電話には出たくはない。主はそう思っている。

 何故なら、4巻の完成原稿を今日渡したばかりだから。このタイミング、リテイクの可能性の方が高いと主の脳内で警報が鳴っている。しかし、ならばこそ出ないわけにはいかない。

「はい、@滴です。はい、今ピザ先生と一緒にいます、はい、……はい。え? すみません、もう一度」

『だから! また、炎上したんですよ!! 先生のアカウント! ……なんで把握してないんですか!』

 こうして主はまたも困難に立ち向かわなければならなくなった。

 力を発揮しない言霊は、その炎上のさまを見て作詞部屋で安本と並んで笑っていた。

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