七話
「じゃ、今回から単行本の作業に入っていくんですが、ちょっとタイトルが『血風雷神』だとダサいのとわかり辛いので別案を10個くらい作ってきてください。それとこれは修正箇所ですね、単行本化分だけでこの量はちょっとした記録なんで次からは気を付けてくださいね。それと急きょコミカライズも決まったので、プロット提出してほしいのでここで書いて行ってください」
「はあ……直しもここで?」
「できるならですけど、量があるんで無理にはってとこですかね。タイトルの修正はこの資料見てもらえれば、……あ、ちょっと別の打ち合わせあるんでまた来ますんで、プロット優先でお願いします」
そう言われて、編集部のブースに置き去りにされた主は、立ち去る佐藤を力なく見送る。
目の前に置かれた資料やらの紙類は、机いっぱいに積み上げられ主の座高を超えようかとしていた。
「マジか。こんなミス多かったのか俺? ふぅー。仕方ないやるか、先ずは……プロットだっけ?」
プロットはその作品の設計図だ。なのに主はそれを今まで書いたことがない。おぼろげに浮かんだ場面を描くためにそこまでの話を創り繋げていたため、当初の話とは変わってしまうことが多い。
頭の中に今までの話を思い出し、重要な場面を切り取っていく。
それをいつものように机に爪を打ち付け整理していく。そしてそれをキーボードが壊れるかというぐらいの勢いで叩き込む。ものの10分で4桁の文字を打ち込み書いた文字を上から確認していく。
「よし、プロットはこれでいいかな? あと修正先のほうがいいか」
修正を見ながら自分のデータと照らし合わせて、修正作業を行う。
「あ、ここ前に直そうと思ってたとこじゃん。どうすっかな、んー、変えるか」
独り言多めの作業ではあるが、目の前に積まれた紙が減っていくのにちょっとした快感を得ながら言われた作業を順調に減らしていく。
「@滴先生、進捗どうですか~?」
しばらくして申し訳なさそうに帰ってきた佐藤から濃いめのタバコの残り香が漂っている。
「あ、タバコ……」
「あ~、先生ダメな人でした? ごめんなさい、この業界まだ多いんですよ」
「あ、いや、ちょっと自分も……」
「あ! 吸われるんですね! この階のここにありますんで、どうぞ」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
「はいはい、その間にプロット確認しますんで、データ紙に出してもらっていいですか? はいはい、そうです、その印刷でいいです。はい、確認しておきます」
そう言って二人は部屋を後にする。佐藤が異変に気が付いたのは割と早い段階だった。
指定した印刷機の動きがやけに長いのだ。紙を排出しても排出しても一向に終わる気配がない。
不審に思い印刷された紙を取ると、そこには小説の一文らしきものが目に入る。
「あ~、やっぱりプロット書けない人か」
そうぼやきながら一枚一枚めくっていく。
「あれ? ここって……」
直近で見た覚えのある文章の中に、見覚えのない描写が付け加えられているのが目に入る。
何度も何度もめくり、記憶のなかの文章と照らし合わせる。
ありえない仮説が頭に浮かぶと早足でブースに戻り、自分の出した資料と丹念に比べる。
「ここも、ここもだ。……修正と加筆が終わってる? こっちは後でいいって言ったんだけ……ど!?」
最初に印刷された紙に到達すると、そこには拙くはあるがプロットが提出されていた。冗談のような嫌がらせのような量を指定したにもかかわらず、そのすべてが終わっていた。
慌てて自分の腕にある時計を見ると、前回の退室から3時間も経っていない。時計が壊れたかと思い部屋の壁も確認するが、自分の腕と同じ時間を指している。
それでも信じられないのか、スマホをたたき起こすが全く変わらない。
「嘘だぁ~。本当に?」
もう一度自分がおいた紙の束を見る。外ではまだ印刷機が動いていた。
「先生、筆早いんですね。ちょっと確認するんでまた後日連絡します」
主がブースに戻ると佐藤が、ひきつったような顔で言いながら主を送り出そうする。
そしてある紙に佐藤が目を落とすと、付け加える様に言葉を吐く。
「あ、タイトル案はこれ全没で。次までに別案20にしましょうか」
と、そんな言葉で主の作家人生1日目は幕が下りるのだった。
◇ ◇ ◇
主が自身のネーミングセンスの無さに嘆いていたころ、
都内のとあるレッスン場では一人の少女が、大粒の涙を流していたのだった。
他のメンバーは各々の仕事へと旅立ち、何も予定のない美祢はモニターと鏡の前を何度も往復している。どうしてもダンスがうまく出来ない美祢。他のメンバーの光輝くような、人を惹き付けるような振りをどうにか身に付けようと必死な形相で踊り続けている。
涙と汗で濡れた床に足をとられ、不甲斐ないと自分の足を叩き叱咤する美祢。
そんな美祢をドアの外から見ている男が二人。
「まだやってるのかい? あの娘」
「安ちゃん、あの娘っ子はモノにならねーと思うんだがな、俺ぁよ」
そんなことを言われた小太りな男は、美祢に見きりをつけたような発言をした薄めの髪後ろで纏めている男の顔を見ると、小さく笑いながら背を向ける。
「伝説の振付け師でも分からないかぁ、大丈夫。あの娘も持っているさ、彼女の欠片を」