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六十九話

「昨日はエラい目にあったな、あ、ここか」

 お見合いと闇日南子事件の翌日、主は自身原作のコミカライズ作品『疾風迅雷伝』の作画担当である、漫画家ピザ時計廻りと作品についてすり合わせを行うために都内の喫茶店を訪れていた。

「なんだかんだ、ピザ先生に会うの初めてなんだよな」

 メールでのやり取りはしたことがあるものの、実物がどんな人物かまったく知らない主。

 漫画の担当編集である牧島も来るので安心だ。

 しかし、主が注文したコーヒーを飲みきるまで、誰一人として主を訪れる者はいない。


「おかしいな、牧島君何かあったか?」

 さすがに心配になった主は、牧島に連絡をいれてみる。

 電話は当然のように繋がらず、メッセージを入れて10分経ってようやく返信が寄越される。

『@滴先生、すみません。急遽原稿取りに行く事になったんですが、肝心の原稿ができてないらしくて詰めてないといけなくなりました。ピザ先生はもう向かわれたらしいので、まもなく到着するかと思います。今日のところは、御二人でお願いします』

「おいおい、二人でってお互い相手の顔知らないぞっと」

 まだまだ慣れないフリック入力をして、しばらく待つ。

『@滴先生のお写真は、ピザ先生に送っておきましたので』

 だからと、こっちも分からないと仕方がないと送ってみた回答は次のようだった。


『胸部装甲をみてもらえれば、ピザって感じなので』

「いや、わかるか~!」

 思わず口にしてしまい、周囲に頭を下げながら再び牧島にメッセージを送りつける。

「あの、後日でも良いよ? 急ぎって訳じゃないんだし」

『いやいや、作品についてなら、大至急ですよ。それにピザ先生もうすぐ着きますから』

「だから、わからんって~!」

 またも牧島のメッセージ相手にツッコんでしまう主。

 先ほどのように頭を下げていると、主に声がかかる。


「あの、@滴主水先生ですか?」

「は、はい!」

 驚きのあまり声が上ずってしまう主、目の前には眼鏡をかけた女性が申し訳なさそうに立っていた。

「あ、あの私……、私がピザ時計廻りです。はじめまして」

 赤面した顔を伏せながら自己紹介をしてくる女性。

「……ピザ先生? あの……女性の方だったんですね。てっきり男性の作家さんのかと」

 主原作の『疾風迅雷伝』は、ゴリゴリの学園バトル漫画だ。主人公の疾風はやてが、格闘大会への出場するため、競技者を育成する学園に入学し頂点を目指すという割と古風な設定となっている。

 その原作の古風さと、血生臭いシーンの多さを的確に表現しているのがピザ時計廻りという作家だ。

 疾走感あふれるバトルシーンに、コミカルなコメディーシーンと多彩にかき分け、女性キャラも男性読者の目を引くような構図で描き切っている。

 そんな少年誌の申し子のような漫画を描いているのが、女性だとは主は露ほども思ってはいなかった。

「あ、名刺です。どうぞ」

「あ、頂戴します。こちらも」

 

 確かにもらった名刺にはピザ時計廻りの名前と、いつも連絡しているアドレスが書かれている。

 それでもにわかに信じられない。

 なにより、牧島の言う見てわかるという意味がまったく当てはまらない。

 小柄で割と細い印象を受ける、なにより顔は美祢と同等の小顔だ。主にはピザ要素が全く見当たらなかった。

「じゃ、じゃあ、はじめましょうか」

 控えめにしゃべる姿も、とてもピザっぽくはない。本当に目の前の人がピザ時計廻りなのだろうか? 主が疑問に思っていると、おもむろに目の前の女性が上着を脱いで席に着く。

 そこで牧島の言うピザ要素が初めて現れる。

 薄手のニットとなった女性の胸は、確かに胸部装甲といっていいものだった。いや、胸部に追加装甲が備わっているのではないかと疑ってしまうほどだ。

 一言、大きい。

 それが主の率直な感想だった。

 そして、主は牧島に呪詛を投げつける。

 これは、ピザ要素として扱っていいものではないと、詰めている原稿なんぞ落ちてしまえと。


「あの……@滴先生?」

「あ、はい! すみません!!」

 急に顔を向けられ、見ていたことがバレないように光速で視線を動かしごまかしを図る。

 しかし、その女性の眼鏡には何かが映ってしまったようで、ピザ時計廻りは自身の胸部に目をやり恥ずかしそうに微笑む。

「見ちゃいますよね。お恥ずかしい、ちょっと前まで本当にピザ体型だったんですよ。これはその名残なんです」

 両手で覆うが、それは隠れてはいない。むしろ主の眼には強調されたように見えてしまう。

「あ、ああ! ごめんなさい。大変失礼なことを」

「気にしないでください! 先生のおかげでこうやって痩せることもできましたし」

「え? 僕のおかげ……ですか?」

 またもピザ時計廻りは紅く染まった顔を伏せながら、チラチラと主を見ながら言葉を紡ぐ。

「はい、先生の作品に関わったおかげで仕事増えまして。そのせいかちょっと修羅場の頻度が上がりまして……結果がこれです」

「とんでもなく不健康な理由!」

 思わず口からツッコミが漏れてしまった主をピザ時計廻りが、キョトンとした顔で見上げる。

「プっ、フフ、フフフ。先生って想像通り面白い方なんですね!」

 とても穏やかに笑うピザ時計廻りに少しだけ、ドキリとした主がいた。

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