六十八話
「先生? 日南子たちは悲しいです」
「……はい、すみません」
主は控え室の床で正座をして、かすみそう25のメンバーと彼女たちのネット番組のカメラに囲まれている。思い思いの表情を浮かべているが、笑顔は誰もいない。
「確かに日南子たちは、モデルさんではないです。でも、はなみずきの先輩にはモデル兼任してる人いるじゃないですか?」
「はい、……存じ上げています」
普段は穏和な日南子が率先して問い詰める姿は、先ほどの美祢の表情とは違った種類の恐怖を主に与えている。今の今まで主にとって日南子は笑顔の印象しかない。
しかし、今浮かべている表情は全くの無だ。
無表情のまま、正座している主に目線を合わせるように座りながら、一言喋るごとにジリジリと近寄っている。
「なんで、水城さんにコーディネートしてもらった服で日南子たちの会見に来たんですか?」
「あ、あの、会見に居合わせたのはまったくの偶然でして、上田さんたちの気分を――」
「日南子」
「え?」
「日南子ですよね、先生?」
「は、はい! 日南子さんの気分を害する意図はまったくありませんでした!」
日南子の言葉に背筋が伸びる主。目線を逸らすとふくれっ面の美祢が、瞬きもせずに主を睨んでいる。
「本当にごめんなさい。はなみずきのメンバーさんとはそこまで仲良くないし、私用に付き合わせるほどの関係性でもないからさ……」
「水城さんは、プライベートでも仲良くする間柄なんですか?」
日南子の言葉に、首と手を千切れんばかりに振り否定する。
「違う違う!! 佐藤さんにお願いしようとしたら佐藤さんが水城さんに連絡したみたいで、当日まで本当に知らなかった! これが本当なんです!」
「本当に本当ですか?」
今度は勢いよく首を縦に振り、全力で肯定を表す。
「本当です、本当の本当!! お願いできるなら、本当はみんなにお願いしたかった!」
いや、実際あの瞬間、主の頭の中には佐藤と美祢の顔しか浮かんでいなかった。だが、美祢に見合いの服を選んで欲しいとはいえるわけもなく、また、美祢と二人でいるところを週刊誌にでも撮られたらと考え、佐藤にお願いするのが無難だった。
何故か水城といるところを、騒ぎ立てられることはなかったが、それは純粋に幸運だったからとしか言いようが無いだろう。
「わかりました。先生を信じます、けど日南子たちが悲しかったのも本当ですよ?」
「はい、反省しています」
主は俯きながら、態度で反省をしてみせる。心の中はやっと終わると安どしているが。
そんな主を見透かしてか、日南子はとんでもないことを言い出す。
「じゃあ、罰として日南子たち、かすみそう25のメンバーが先生をコーディネートしますので、今後はそれを着てください」
「……え?」
「あ、それ良いですね。番組でコーディネート対決ってことでやりましょう」
日南子の言葉を急きょ企画として採用するスタッフ。ネット番組だからと言ってフットワークが軽すぎである。
「あと、先生。マスコットになってください」
「何故に?」
矢作智里が唐突に何か言いだした。あまりの脈絡のなさに主の思考はフリーズしてしまう。
「会見みてたでしょ。先生と私たちの関係性ってこれからも聞かれるじゃないですか。だから先生は私たちのマスコットってこれから答えますから」
智里の話を聞いても主にはその理論と結論両方が理解できない。だが、何故かメンバー数人は納得している。これがジェネレーションギャップなのかと衝撃を受ける。
「あ、それもいいね。じゃあ先生、スケジュール調整してスタジオ収録にも来てください」
「じゃあ? じゃあってなんですか? 何で収録? スタジオ? ……何を理解したらそうなるんですか? あれ? ……僕がおかしいのかな?」
日本語で話していて、内容もわかるのに意味だけが分からないという不思議体験を味わっている主。
なぜか自分を取り囲む皆が、納得しているのが恐怖でしかない。
「木曜収録なんですけど、丸々空いてる日ってありますか? 先生」
「空いてる日は、ありますけど……え? 本当にやるんですか?」
何を今さらと、真顔で頷くテレビスタッフに戦慄しながらも勢いに負けてスケジュールを本当に調整が始まる。この奇妙な行動をする大人たちに、主の知能も精神も完全にストップしてしまう。
「先生先生、連絡先ください」
「は、はい」
あまりに無防備な精神状態のまま、主は名刺をスタッフに渡してしまう。
「今後は、地上波になると思いますけど、顔出しどうします?」
「え!? それは困ります! それだけは困ります!」
「じゃあ、今回のもモザイクにしておきますね~」
さらっと、今までのやり取りを放送することを宣告された。
これ以上の抵抗は、これ以上の無理難題につながりかねないと両手を上げる主。
「わかりました、わかりましたよ」
いい大人の主が涙目になっているが、この場で同情してくれる者はいなかった。




